« 序盤がきついオンラインゲーム | メイン | 新ブログへ移行しました »

2006年10月17日

ゲーム批判は多いけれど

東北大学未来科学技術共同研究センター 川島隆太教授監修 もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング

 ニンテンドーDSの『脳を鍛える大人のDSトレーニング』の人気もあって、今ではこれまでゲームをしてこなかった世代でもそれらが人気を博しているが、一方では未だにゲームに対する批判も根強い。

 確かに、ゲームにはデメリットもある。長時間つづければ目が悪くなるし、出不精になって外へ出なくなることもあるだろう。しかし、そういったことは本当にゲームそのものが原因なのだろうか。

 たとえば、酒やたばこをたしなむ人は多いが、それも度が過ぎれば害になることは当然だ。もっとわかりやすい例では、スポーツでもやりすぎはかえって毒になる。

 このスポーツについて考えるとわかりやすいだろう。スポーツは体にいいと思われているものの、実は普通にプレイしているだけでも体への負担は想像以上に大きい。野球をやれば肘や肩を壊しやすく、バレーボールやバスケは膝や足首の故障が多くなる。

 体に必要なのはあくまで“適度な運動”であって、けっしてスポーツをすることとは直結しないのだ。「健康のため」と称して必死にジョギングをしている人も、かえって体に余計な負担をかけてしまっていることも多い。

 それでも、スポーツをやることには意味がある。それは、体のためということ以前に“楽しみのため”という面もあるからだ。このことは酒やたばこ、そして他のエンターテイメントについても同様である。

 たとえ体に余計な負担をかけてしまうなどデメリットがあったとしても、精神的な部分でプラスになるためにやる価値はあるのだ。

 つまり、ゲームも限度をわきまえて遊ぶのなら十分に価値のあるものといえるだろう。それがなぜか、ゲームの存在そのものが悪であるかのように語る人が依然として多い。

 前述のとおり、確かに現在若い世代において問題になっている引きこもりの原因のひとつに、ゲームがあるのかもしれない。しかし、すべてをそのせいにするのはあまりにもナンセンスだ。

 そもそも、われわれ大人は子供たちに対してゲーム以外の何かを提供してきたのだろうか。子供に外で遊べと言う人は多いが、彼らがそうしようにもそのための場所も機会もない。公園の数が少なく、あったとしてもボールを使うことを禁止するなど制約がある場合がよく見られる。また少子化の影響で、近所に同じ世代の子供がいないということも珍しくなくなってきている。そもそも、大人の側は忙しいことを言い訳にして一緒に遊ぶことすら少ないではないか。

 そうした状況で子供の出不精を特定のことがらに押し付けて、あまつさえ一方的に子供たちに対してああしろこうしろと要求を出すのは、あまりに無責任かつ傲慢なことだ。つまり逆に考えれば、そもそも子供たちが家でゲームばかりしているのは外で遊びたくとも遊べない、だから仕方なく家にいるという側面もあると考えられるということである。

 特定の問題の原因を何かに押し付けることはわかりやすいし、楽だ。しかし、それは本質から目を背けることにしかすぎず、長い目で見ればさらに問題の根を深くさせてしまうことは疑いない。

 ある意味、現在は“中毒の時代”である。どんなことでも限度をわきまえることができず、越えてはいけない一線を越えてしまう。アルコール中毒、たばこ中毒、スポーツ中毒、ゲーム中毒……。この中毒社会の未来はいったいどうなっているのだろう。

 これらを解決するには、まずは本当の原因を明らかにする必要がある。そのうえで、結局はひとりひとりがしっかりとし、みずからボーダーをわきまえ、それを周囲、特に子供たちに伝えていく必要があるだろう。

# ぶっちゃけ、今回はアルコールやたばこに依存している“大人”が、ゲームに依存する子供を批判するのはちゃんちゃらおかしいということを言いたかったのである。子供は大人を見て育つ。何に中毒になるかは、方向性が異なるだけで根因は同じなのだ。

Technorati tags: ,

投稿者 KATANA : 2006年10月17日 18:45

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://katana-edge.net/blog/mt-tb.cgi/180

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)