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2006年09月11日

選手の自主性と指導者の存在

 オシムジャパンでとっても気になることがある。それは、ベンチからの指示についてだ。

 試合中やたらとコーチ陣(特に大熊コーチ)から指示が出ているが、正直耳障りなくらいに事細かに声を出している。まだチームがうまくいっているとはいえない段階だから、あれこれ言いたくなる気持ちはわかるが、はたしてこれでいいのだろうか。

 スポーツの試合に出たことのある人ならばわかると思うが、実際にプレイしている選手たちは端から見ている以上にいっぱいいっぱいの状態だ。そこへあれこれとコーチ陣から言われては、かえって混乱してしまう場合も多い。

 事実、サウジ戦ではベンチの指示で闘莉王をトップへ上げたものの、その意図が理解されずに誰もロングボールを前線へ入れないなどという呆れた状態に陥っていた。常識的に考えて、プロの選手がそんなことをしてしまうことは有り得ない。だから、おそらく頭が混乱してしまっていたのだろう。

 そもそも、オシムジャパンは「考えるサッカー」をテーマにしていたのではなかったか。それなのに試合中まで口うるさく指示を出されては、選手たちが自分で考える余地を奪ってしまうことになる。監督、大熊コーチをはじめ、ベンチの側はその矛盾を理解しているのだろうか。

 自主性を育むには、あえて放っておくことも必要だ。オシム監督は細かく言うタイプの人のようだが、このままでは日本代表が「考えるサッカー」を実践できるとは思えない。あくまで大熊コーチの暴走だとは思うのだが、オシムのやり方でどこまで選手たちの自主性が生まれるのか疑問がわいてきてしまった。

【関連サイト】
http://temple.iza.ne.jp/blog/entry/35084

投稿者 KATANA : 2006年09月11日 19:44

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