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2006年09月29日

PS3とWiiはあまりにも対照的

プレイステーション 3(HDD 20GB)(仮称)Wii(仮称)

 東京ゲームショウ2006も閉幕し、次世代ゲーム機の話題も出揃った感がある。

 それにしても面白いと思ったのが、SCEの久夛良木CEOの基調講演だ。これを聞くと、批判されることも多いPS3だが方向性はけっして間違っていないと感じる。

 話の内容を聞いても、SCEは“汎用性”を追及しているというのがよくわかる。単にゲームができるというだけでなく、Blu-ray Discによる映画の視聴はもちろん、ネットにつなげて様々なサービスを受けられるようになるようだ。

 昨今は“汎用化”の時代ともいえる。PCや携帯電話に象徴されるように、ひとつのハードで複数の機能をもつことが当たり前になりつつあるのだ。他にも、ネット家電に代表されるように、テレビ+HDDレコーダー、音楽プレイヤー+情報端末のように汎用化の波はいろいろな分野にまで及んでいる。

 そうした中で単一の機能、たとえば「ゲームだけ」では消費者に対する訴求力があまりにも弱いと言わざるをえない。特に据え置き型ゲーム機のように、リビングで一定程度のスペースを必要とするものに関しては、汎用性に乏しくては一般のユーザーを引き付けることはなおさら難しいだろう。

 その点、SCE陣営がPS3をゲーム機というより、ひとつのコンピュータとしてプッシュすることは理に適っている。時代の流れからすれば、むしろ当然のことだ。

 ただし、ゲームファンから批判されるのも仕方がない面もある。汎用性を追及したことでハードの価格が高くなってしまうのでは、ゲームに焦点を当てているユーザーからすればデメリットでしかない。だから、ひたすらにゲーム機としての可能性を追い求めた任天堂のアプローチも、別の面では正しいといえるのだ。

 方向性がまるで異なるが、どちらも一長一短がある。両者が同じほうを向いていたのでは面白くないから、これでかえってゲーム業界としてはいいのかもしれない。一ゲームファンとして、これからが楽しみになってきた。

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2006年09月28日

日本のいびつなドラフト制度(2)

マネー・ボール

2. 希望獲得枠のおかしさ

 1の観点からすれば、まさにおかしいと言えるのが希望獲得枠の存在だ。欲しい選手、しかもドラフト1位に値する優秀な選手を確実に入団させられるというなら、そもそもドラフトの意義じたいが薄らいでしまう。結果、人気球団にいい選手が集まるようになり、戦力の均衡が実現できるはずもない。

 しかも、別の観点からも問題があると言わざるをえないだろう。それは、選手間の公平性についてだ。ドラフト1位候補の選手にだけ球団を任意に選べる権利を与え、ほかの選手には指名を受けた球団へ強制的に入らせるというのでは、あまりにも不公平だ。

 もちろん、スポーツの世界というのはある意味、実力主義の世界ではある。だから、アマチュア時代にがんばった選手に対して“特権”を与えることを是とする考え方もある。だが、そうした実力主義はやはりスポーツの面に留めておくべきであって、選手の基本的な権利の面にまで及ぼすべきではない。

 単純に試合をするだけならともかく、選手たちにはこれからの生活がかかっている。それは言い換えれば、人生を賭けているということだ。一般の企業の社員がキャリアや仕事の成果によって報酬に差をつけられることはあっても、基本的な人権を阻害されるがないように、プロ野球の世界でもおかしなところで差をつけることはやめるべきだろう。

3. 抽選という方式

 また、倫理的におかしいといえば、複数球団による同一選手への指名が重なった際のくじ引きのことも挙げられる。ウェーバー制でやらないことによる弊害のひとつともいえるが、2で示したことと同じくこれではただの運任せであって、本来の目的である戦力の均衡がはかれるはずもない。

 そしてより根本的な問題としては、若者の将来を博打的な方法で決めることが、はたして倫理面から許されるのかどうかということだ。言うまでもなく、人生には博打的な要素がいくらでもある。しかし他者が、しかも強制的にある人物の将来をゲームのような方法で決めようとすることは、やはり認められないと言わざるを得ない。

4. 分離ドラフト

 最近導入されたプロ野球のシステムの中で最も意味不明なのがこれだ。あえて好意的に見るなら、高校生に早めに進路を決めさせて、これからのことを考える余裕を与えてあげる目的があるとも考えられる。

 しかしそれならば、初めから大学生・社会人も含めて時期を前倒しすればいいだけの話であって、高校生だけを分離する必然性などどこにもない。高校生よりも上の世代したところで、早めに決めてくれるに越したことはないのだから。

 結局、これは一部の発言力の強い球団が有望な高校生とそれ以上の選手を“両取り”したいという思惑から、ごり押しして誕生させたかなりいびつなシステムなのである。

 まったくもって現在の球界を象徴しているともいえるが、いつまでもこんなことを続けていたら、ファンが離れていってしまい、プロ野球が持たなくなる。一般の人々は、球界の不透明な体質に辟易している。そのことに対して、関係者は自覚があるのだろうか(ないような気がするが)。

5. まとめ

 ひとつはっきりと言えるのは、現在の日本のドラフト制度がひどく中途半端なものであるということだ。戦力の均衡もできなければ、「職業選択の自由」という選手の基本的人権も守られていない。「バランスを取っている」などという言い訳では誰も納得しないはずだ。

 大事なのは、他のシステムとの連携だろう。選手にはリーグ全体の活性化のために、彼らが本来もつべき権利の一部を我慢してもらっている。だからこそFAという制度は必須なのだが、こちらも取得までの期間が長すぎたり、条件が厳しすぎるなど不完全なままである。

 ドラフトとFAは繋がっている。つまり、どちらか一方だけでなく両方の改革が必要だと言うことができる。

 しかしここまで見たきたように、ドラフト制度の異常さは現在の球界の異常さを物語っている。おそらく、内部からの改革は難しいだろう。外部からの介入を待つしかないのかもしれないが、どんな優れた人物がやってきたとしても周りが足を引っぱり続ければ、何もかもうまくいかない。

 いずれにせよ、ドラフトは契約金の高騰を抑えるという金銭的な面での必要性もあるが、そんなこと以上に戦力を均衡させることによってリーグを支える基礎となるべきものなのだ。それがしっかりしないことには、他の面でいくら修繕を重ねたところでいつかは全体が瓦解してしまうだろう。そうなる前になんとかしてほしいのだが、はたして。

投稿者 KATANA : 16:24 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月22日

日本のいびつなドラフト制度(1)

戦略プロ野球 2006 ~響け歓声、届け感動~

 以前からずっと言われ続けている日本のプロ野球におけるドラフト改革。先日も選手会側が野球機構に対していろいろと要望を出したが、とにかく日本のそれにはおかしな面が多い。それらをポイントごとに見ていきたい。

1. 戦力の均衡という目的が果たされていない

 そもそも、ドラフト制度の存在意義はチーム間の戦力格差の是正にある。特定の球団に戦力が集中してしまうと、同じチームばかりが勝ち続けることになり、引いてはリーグ全体が面白みのないものなってしまう危険性がある。

 一方、勝てない不人気チームのほうは経営が苦しくなり、場合によっては身売りや球団そのものの解散を考えなければならなくなるだろう。こうなった場合も、もちろんリーグ全体にとって大きな不利益となる。

 当たり前だが、野球は相手が存在してこそ成り立つスポーツだ。つまり“一人勝ち”の状況が続けば、最終的には誰にとってもデメリットしか存在しなくなってしまう。最悪、かつての大阪近鉄バファローズのような球団が続出すれば、リーグ自体の存続が危ぶまれることにもなりかねない。

 チーム間戦力の均衡という目的を達するためならば、本来は完全ウェーバー制でやって当たり前なのだ。それをやらず、同じ選手を指名した場合はくじ引きで決めるなどという中途半端なやり方では、いつまで経っても格差は是正されない。

(つづく)

投稿者 KATANA : 14:06 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月18日

U-17日本代表がアジア一に!

ワールドサッカーウイニングイレブン10

 サッカーの17歳以下日本代表がすばらしい試合でアジアNo.1の座についた。

 アジア王者を決める大事な試合で、本当に見事な戦いぶりだった。相手に2点先行され普通なら気落ちするところを、そこから2点返して追いつき、そして延長にさらに2点追加して劇的な勝利を収めた。

 特筆すべきは攻撃面だ。パスワークが素晴らしく、ゴール前に密集する相手をものともせず、きちんと自分たちで崩していた。どれもユース年代とは思えない素晴らしいゴールばかりで、開催地のファンまで唸らせたというのもよくわかる。

 ただこの年代から、早くもシュート精度の低さが見え隠れしていたのが気になるところではある。決定的な場面を外すのは論外だが、ミドルシュートをふかしてしまうシーンが非常に多かったように思う。

『若いから』というのは言い訳にならない。たとえU-17でも世界大会を見ればわかるが、ブラジル、スペイン、アルゼンチンといった強豪国の選手は、この年代でもきちんと低く抑えたシュートを打てる選手が多い。

 オシムはA代表の決定力のなさを「選手が習うべきことを習ってきていない」と嘆いていたが、本当にユース世代の指導者はキック、特にシュートをどのように指導しているのだろうか。通常のパスやドリブルは素晴らしい分、シュートの異常なほどのひどさが際立ってしまっている。

 しかしそんな中でも、柿谷だけは“ものが違う”と感じさせられた。ゴールを決めたシュートはもちろんだが、とにかく1プレイ1プレイに切れがある。アーセナルのベンゲル監督が注目しているというのも頷ける。

 この世代は、その柿谷・水沼をはじめとしてタレントが豊富なようだ。全体的に守備面で課題があるが、それはこの世代ならそれほど気にする必要はないだろう。この分なら、U-17ワールドカップでも上位進出が狙えるかもしれない。期待大だ。

【関連サイト】
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投稿者 KATANA : 18:53 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月15日

プロ野球とポストシーズン

実況パワフルプロ野球13

 すったもんだの末、ようやくセパ通じてのポストシーズンの方式が決定した。ペナントの1位がそのまま優勝で、日本シリーズへの出場権を各リーグ3位までのチームが争うことになる。

 提案されていた案の中でもっとも妥当なものに落ち着いた感じだ。やはり、年間約140試合戦って1位になっても、そして2位にどれだけゲーム差をつけても、プレーオフで負けたら意味がないというのは問題がありすぎる。

 ただ、課題も山積みだ。まず第1ステージで2位と3位のチームが対戦し、その勝者が第2ステージで1位のチームと戦うという形式だから、最初のステージに勝ったチームのほうが勢いに乗って有利になる面もある。事実、パでは過去2年、第1ステージの勝者がリーグの頂点に立ち、そのまま日本一になっている。

 また、3位のチームにまでプレーオフの権利を与えることに疑問もある。たとえば、昨シーズンのライオンズは3位になったものの、勝率が5割を切っていた。それでもプレーオフに出場できるということは、もしかしたら借金チームが日本一にというおかしなことになっていた可能性もあるのだ。

 やはり、プレーオフでも出場権は2位までのチームにしぼるべきではないだろうか。もしくは、勝率が5割以下の場合は出場権を剥奪し、第1ステージを取りやめるといった形にしたほうがいい。

 もしかしたら、最も面白い形はセリーグの1位とパリーグの2位、パリーグの1位とセリーグの2位といったようにクロスさせてプレーオフを開催することかもしれない。これだと日本シリーズが同じリーグのチーム同士という可能性もあるが、「プレーオフで負けたチームが弱い」という原則に従えば、こういうのもアリなのかもしれない。

 ちなみに、各リーグの優勝チームが日本シリーズに出場しないと、同シリーズの価値が低下してしまうことを懸念し、プレーオフで勝ち抜いたチームをあくまでリーグ優勝とするべきだとする声もあるようだが、これは体面だけを気にした意味のない主張だ。

 その考えに基づくなら、ペナントの1位が日本シリーズに出場できない時点でおかしいということになる。しかし、プレーオフが必要だという前提で話を進めているのだから、言っても仕方のないことだろう。

 それに前述のとおり、ペナントでどれだけ頑張っても1位になったチームに何も残らないというのは、ファンも選手も納得できることではない。今回合意した案は、その点についてセパの共通理解が得られたことは評価に値する。

 このプレーオフのことだけでなく、まだまだ日本のプロ野球界は改革の途上だ。すべては、これからの関係者の頑張りにかかっている。

投稿者 KATANA : 13:36 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月14日

目先の利益と後々の損害

 自民党の関係者がJリーグの試合において、スタンドで自分たちの宣伝をするなどという馬鹿なことをしでかしたようだ。

『イザ!』の記事によると、自民党の名前入りのうちわやTシャツを用意しただけでなく、“のぼり”まで立てたらしい。この厚顔無恥な行為に、当然サポーターやJリーグの関係者も怒りをあらわにしている。

 これは場をわきまえない、あまりにも愚かな行為であることは改めて言うまでもない。自民党の関係者に弁解の余地はないだろう。

 それにしても気になるのは、こうした馬鹿げた行いに対して内部から批判の声が出なかったのかということだ。この日、関係者だけでも約2,000人が観戦していたという。にもかかわらず、誰も止めようとしないとはどういうことか。

 もちろん、そういった意見は黙殺された可能性もある。しかし一方で、ひとりとして「これはいけない」と気付かなかった可能性も捨てきれないだろう。

 これが、日本の与党だというのだから呆れ果てると同時に薄ら寒いものも覚える。内部からの自浄作用が働かない組織は腐敗していくだけだ。自民党の不正は今に始まったことではないが、本当に先が思いやられる。

 この点、最近ネットで問題になってきている企業によるブロガーの買収やCGMの不正利用と共通する点もある。つい先日も、楽天がWikipediaで自社に不利な書き込みを削除しようとしたことを認めたが、こうしたことが起こるのは結局のところ目先の利益しか考えていないからだ。

 だから、長い目で見れば損害をこうむることがわかっているようなことでも、なんとなくしでかしてしまう。そして、後で“炎上”してから後悔することになるのだ。このことは他にも、ホリエモンや村上の末路を見れば明らかだろう。

 悪いこと、倫理的に間違ったことをすれば、いつか必ず自身に返ってくる。それは当たり前のことなのだが、そのことをきちんとわきまえている人は意外に少ない。ネットで著作権侵害があとを絶たないのも、そこにひとつの理由がある。

 よって、Googleの「Don't be evil」(悪いことはしない)というモットーは、抽象的すぎるという批判もあるが、まったくもって世の中の原理をきちんとわきまえたことだといえる。実践できているかどうかはともかくとして。

 つまるところ、大事なのはいい・悪いの判断を自分で行い、そのうえで自らを律することができるかどうかにかかっている。前述の自民党や楽天の関係者はできなかった。ホリエモンも村上もできなかった。

 それぞれがセルフコントロールできなくなったとき、社会全体の秩序の維持も難しくなる。人間はいつになったら、警察機関などなくても生きている世界を築けるのだろうか。

投稿者 KATANA : 15:32 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月13日

iPodは携帯電話に勝てるのか
IT

Apple iPod nano 2GB ホワイト [MA004J/A]

 ITmediaに、日本の音楽配信とそのデバイスに関する記事があった。結論としては、「今はケータイの着うたのほうが上だが、そのうちiPodとネット配信が抜くよ」ということらしい。

 記事を読むと、納得できる部分もある。実際、欧米では今もiPod+iTMSのほうが優勢だ。ただ、これからの予測に関しては疑問符もつく。

 ポイントは、音楽分野でケータイに対してiPodが勝ち続けるのかということだろう。現時点では機能面でiPodに分があるが、将来的にはまだまだわからない。

 たとえば、液晶ディスプレイではケータイのほうがサイズの面でも解像度の面でも圧倒的に有利だ。

 そして容量も、今後は小型HDDやフラッシュメモリの展開しだいでは、どんどん音楽用に携帯電話にも組み込まれてくるだろう。

 こう考えると、ケータイに対するiPodのストロングポイントはどこにあるのだろうか。それは、ひとえにiTMSとの連携にある。楽曲を手軽に購入し、他の音楽ファイルも簡単に転送できる。音楽のカジュアルユースの場合、この“簡単・手軽”というのが何よりも重要だ。

 反対に、現在のケータイの弱点はそこにある。着うたなどは確かに手軽に楽曲を手に入れられるものの、価格は全体的に割高で、しかもPCとの連携はほとんどできず、管理は容易ではない。また、着うた以外のファイルを使いたくても、端末がそれに対応していないのでは話にならない。

 このPCとの連携の薄さというのが、ケータイの最大の弱点かもしれない。コンテンツの著作権保護のためというのはわかるが、正規ユーザーからしてみれば使い勝手があまりよろしくないのは事実だ。ケータイも、“コンテンツ保護に走るあまりビジネスチャンスを逃す”という悪い流れに片足を突っ込んでしまっているような気がする。

 ただし裏を返せば、その辺りさえ解消すればケータイがモバイル音楽プレイヤーとしてブレイクする可能性は十分にあるということだ。

 元々、モバイル用途の機器は小さければ小さいほどよく、それは余計な荷物(とその重量)を減らすためだ。そして究極的には、ひとつのデバイスで複数の機能を有し、持ち運びする機器が少ないほうがいいに決まっている。

 では将来、ケータイがきちんと音楽プレイヤーとしての機能を有したとき、わざわざ別のモバイル音楽機器をバッグやポケットに入れるだろうか。誰もがケータイのほうを優先するだろう。それは今や、電話というよりもひとつの情報端末なのだから。

 iPod側も、映像コンテンツやゲームに積極的に対応しようとしているが、それすらもケータイのコンテンツとすでにかぶってしまっている。iPodの未来は本当に明るいかどうか――はたして。

投稿者 KATANA : 21:46 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月11日

選手の自主性と指導者の存在

 オシムジャパンでとっても気になることがある。それは、ベンチからの指示についてだ。

 試合中やたらとコーチ陣(特に大熊コーチ)から指示が出ているが、正直耳障りなくらいに事細かに声を出している。まだチームがうまくいっているとはいえない段階だから、あれこれ言いたくなる気持ちはわかるが、はたしてこれでいいのだろうか。

 スポーツの試合に出たことのある人ならばわかると思うが、実際にプレイしている選手たちは端から見ている以上にいっぱいいっぱいの状態だ。そこへあれこれとコーチ陣から言われては、かえって混乱してしまう場合も多い。

 事実、サウジ戦ではベンチの指示で闘莉王をトップへ上げたものの、その意図が理解されずに誰もロングボールを前線へ入れないなどという呆れた状態に陥っていた。常識的に考えて、プロの選手がそんなことをしてしまうことは有り得ない。だから、おそらく頭が混乱してしまっていたのだろう。

 そもそも、オシムジャパンは「考えるサッカー」をテーマにしていたのではなかったか。それなのに試合中まで口うるさく指示を出されては、選手たちが自分で考える余地を奪ってしまうことになる。監督、大熊コーチをはじめ、ベンチの側はその矛盾を理解しているのだろうか。

 自主性を育むには、あえて放っておくことも必要だ。オシム監督は細かく言うタイプの人のようだが、このままでは日本代表が「考えるサッカー」を実践できるとは思えない。あくまで大熊コーチの暴走だとは思うのだが、オシムのやり方でどこまで選手たちの自主性が生まれるのか疑問がわいてきてしまった。

【関連サイト】
http://temple.iza.ne.jp/blog/entry/35084

投稿者 KATANA : 19:44 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月10日

先発FWに得点がないぞ

Ultra2000 20世紀ストライカー列伝 価格改定版

 なんとかアラブ遠征を1勝1敗で乗り切ったオシムジャパン。しかし、結果以上に課題がいくつも噴出することになった。

 もはや日本のサッカーを語るうえで定型句となってしまった「決定力不足」。サウジ戦でもイエメン戦でもチャンスはつくれていた。しかし、最後が決めきれない。もしくは、ラストパスの精度・アイデアがいただけない。

 これでは、いくら攻めたところでまるで意味がない。毎度のことだが、押しているのに点が取れないと見ているほうも切なくなってくる。

 気がつけば、オシムジャパン発足以来、4試合で先発FWに得点がないままだ。その間、初戦が「我那覇-田中達」だった他はすべて「巻-田中達」だった。巻も田中達も動きは悪くないのだが、いかんせん点が取れない。そして、点が取れないFWに存在価値はない。

 一方、佐藤寿と我那覇は途中出場ながらそれぞれ1得点あげている。これは評価していいだろう。

 だから、前半だけで田中達を交代させたのは、オシム監督から先発FW陣への「もう後はない」というメッセージだろう。それを汲み取って、二人には頑張ってもらいたい。

 ただ、こうした決定力は一朝一夕に解消するものではない。そこで現メンバー以外に期待できる選手というと、いまガンバで絶好調の播戸、ジュビロでトップ下もできる前田、あとは日本に帰ってきた平山くらいだろうか。

 欧州組のFWははっきりいって未知数だけに、彼らがなんとかして代表に割り込んでいってほしいものだ。

 ただ、そのためには監督がいろいろな選手を使わなければ意味がない。オシムさん、そろそろスタメンFWを変えてもいい時期だと思うんだけど、どうでしょう?

【関連サイト】
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/socce...

投稿者 KATANA : 22:16 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月09日

拡張子を「.html」のままPHPスクリプトを実行する
IT

 諸事情があってファイルの拡張子を「.html」のまま、その中にあるPHPスクリプトを実行したかったので、そのために調べたことの結果を書いておこうと思う。

 やり方は実は簡単で、.htaccessに次のいずれかを書き加えてやればいい。

AddType application/x-httpd-php .html .htm

<FilesMatch "html$">
ForceType application/x-httpd-php
</FilesMatch>

 これで、通常はPHPが動かない.htmlファイルの場合でもスクリプトは実行されるようになる。

 ちなみに、AddHandlerディレクティブを使って以下のように記述することもできる。たとえばXreaのサーバでは、モジュール版PHPとCGI版PHPを以下のように使い分けることが可能だ。

# モジュール版PHPとして実行する場合
AddHandler application/x-httpd-php .html .htm

# CGI版PHPとして実行する場合
AddHandler application/x-httpd-phpcgi .html .htm

 なお、.htaccessがない場合は空のファイルに上記のことを書いて、その設定を適用したいディレクトリに入れてやればいい。

 ただし、.htmlファイルでもPHPを実行することは、スクリプトの入っていないファイルでもPHPとして処理しようとするから、サーバのリソースを無駄に使うことになりかねないので注意が必要だ。

 とはいえ、Movable TypeのようにPHPでページを出力するものの場合、元からPHPが動いているのでたいして問題はないと思う。実際、体感でも遅くなったと感じることはないはずだ。

 もちろん、拡張子を「.php」にするのが最も手っ取り早いのは言うまでもない。

【参考サイト】
http://sb.xrea.com/showthread.php?t=11173
http://www.koikikukan.com/archives/2006/08/29-0002...
http://www.nishishi.com/blog/2006/07/phpifconfig.h...

投稿者 KATANA : 15:30 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月07日

Windows Live Writerは使える

 米Microsoftからベータ版が提供された『Windows Live Writer』を日常的に使うようになっている。

 これはいわゆるブログの投稿ツールで、ローカルから様々なことができる。WYSIWYGに対応しているから画像などの貼り付けも簡単、下書きを自動で保存してくれる機能もあるから安心だ。

 特に画像に関しては、サイズの変更だけでなくいろいろなエフェクトをかけられるなどやれることが多い。サムネイルの大きさを変えるだけでなく、元画像のカスタマイズも可能だ。

 それにこの手のツールでは珍しく、更新Pingの送り先を指定できるのも大きい。

 レイアウトの面でも独特で、ブログのサイトからわざわざCSSファイルを読み込んで表示するから、実際にどのように見えるのか確認しながら書くことができる。さらに、投稿する前にサイトのプレビューを見ることまで可能だ。

 もちろん、HTMLを直接編集することもできる。この点が『ubicast blogger』との決定的な差だろう。

 そして他のツールでもよくあるように、改行後は段落を自動的に<p>タグで囲ってくれる。<br />で普通に改行したい場合は、Shift+Enterだ。

 ちなみに、下書きの状態としての投稿も可能なようだ。これも、使いようによってはありがたい機能だろう。反対に、すでに投稿した記事を再び編集することもできる。

 あと、個人的にはまだ使っていないが、Microsft Virtual Earthという地図サービスを利用して、簡単にブログに地図を組み込める。まだ日本語に対応していないが、表示させることは可能だ。

 ベータ版の段階ではあるが、総じてこれまで使ってきたブログツールの中で最も使い勝手がいい。今ではもう手放せないくらいだ。

 ただし、ウィンドウの位置やレイアウトが記憶されなかったり、起動に異様に時間がかかったりと、まだまだ改善の余地はある。それに、動作結果のログを残すようにしてほしいところだ(特にトラックバックや更新Ping)。今後の開発に期待したい。

 最後に、少し気になったのはこのツールが有料になるらしいと一部で言われていること。しかし、Liveサービスで有料のソフトを出すだろうか……? 情報求む。

【関連サイト】
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20060...
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0608/14/ne...

投稿者 KATANA : 16:03 | コメント (2) | トラックバック

2006年09月06日

匿名性は本当に必要なのか
IT

 市民メディア『OhmyNews』が正式に活動を始めたこともあり、再びネットにおける情報発信のあり方についての議論が活発化している。

 中でも頻繁に焦点が当てられているのは、匿名性の問題だ。インターネットは情報メディアという面から見ると、まさにこの匿名性の高さがひとつの特徴だが、それゆえに様々な問題を抱えてしまっている。

 著作権侵害をはじめとした犯罪行為や、誹謗中傷が当たり前のように横行してしまっているのもそれが原因である。

 実際には完全な匿名性は確保されておらず、ユーザーの身元を突き止めることは比較的簡単なのだが、明確な証拠がないかぎり身元の情報開示を請求することが難しいことと、あまりにも多くの問題行為が存在するためにある程度は黙認せざるをえないというのが現状だろう。

 しかも最近ではファイル共有ソフトのWinnyに代表されるように、意図的に匿名性を高める目的のツールなども登場してきている。ウェブでもプロクシサーバの利用がより一般的になれば、さらに身元の追及が困難になる。

 言うまでもなく、匿名性が必要とされる場合もある。たとえば、日本では組織の不正を内部告発することを認める法律が存在しないため、こういった場合、情報発信者は守られなければならない。また、大きな問題をテーマにする際には周囲の強い反応があるだろうから、それから身を守るために匿名での主張は必要なはずだ。

 しかし、他に匿名性が求められる場合は何があるだろうか。実は、それほど多くはない。大半は、感情的な面で「匿名のほうが主張しやすい」というだけのことだ。

 はたして、これはそんなにも重要なことだろうか。匿名性が高いことのデメリットは先述のとおりであり、それは自分の主張に対して責任感が希薄になるせいだ。だから、ネット以外ではけっして言わないような酷いことを気軽に書き込んでしまったり、“カジュアルな”犯罪行為につながったりしてしまう。

 言論・表現に限らず、自分のやったことに自分で責任を持つというのは当たり前のことなのだが、それがネットの世界では匿名性を盾に簡単に破られてしまうのである。

 つまり、特殊な状況においてのみ当てはまる“匿名性の必要性”を、通常の状況にまで当てはめようとするからおかしなことになるのである。一般的に、特殊な場合をもって通常の場合を語ろうとすると、いつか必ず弊害が生じる。祭りのときのことをもって日常生活をどうこうするようなものである。例外はあくまで例外であって、通常とは違うのだということをわきまえる必要があるだろう。

 真に重要なのは、「気軽に書けること」なのか。それとも、「一人一人が責任感を持つこと」なのか。それを考えた結果が、匿名性について語るうえでの答えになるはずだ。

投稿者 KATANA : 20:05 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月05日

サザエボンと著作権
サザエさん (1) 天才バカボン (1)

 先日『サザエさん』を見ていたら、ふと「昔、“サザエボン”っていうキャラがいたな~」と思い出した。

 知らない人にとっては、なんだそりゃというこの代物。呼んで字のごとく、人気キャラクターのサザエさんとバカボンのパパを合成したものだ。

 リンク先の画像を見てもらえばわかるが、まあ、なんと表現したものか……(苦笑)。

 このサザエボンを私が最初に知ったのは、十年ほど前にTBSの朝の番組で取り扱っていたのを見たからだった。Wikipediaによると1996年ごろに登場したとあるから、自分の記憶は間違っていなかったらしい。

 その後、すっかり自分も忘れていたのだが、実はいろいろあったようだ。

 サザエボンは本来、大阪の十三(じゅうぞう)に出没する“TOY魔人”という謎の人物が、すべて手作りで少量販売していたものだ(前述のTBSの番組に出ていたのも当人だった)。

 たぶん本人は洒落でつくっていたのだろうが、一部でマニアックな人気を呼んでいたサザエボンをタイセイという企業が量産化を始めてしまった。

 これは大問題だ。まず、原作の著作権者の許可をとっていないこと。それはもちろんオリジナルをつくったTOY魔人も同じなのだが、手作りで少し売っているだけということで著作権者も大目に見ていたのだろう。事実、赤塚不二夫は「最初、見たときは面白いと思った」そうで、「100個、200個作っているだけなら」黙認するつもりだったというニュアンスの発言をしている。

 それが、企業が営利目的で始めてしまっては、いくらなんでも限度を超えているだろう。その後、長谷川町子美術館や赤塚不二夫らが訴訟を起こしたのは当然のことだ。

 ただ、問題はサザエさんとバカボンの著作権者は確かに彼らだが、『サザエボン』の著作権者はTOY魔人だとうこと。こういう場合、別の著作物を元にしているから二次的著作物と呼ばれるが、確かにTOY魔人にも著作権は発生する。

 だからタイセイは、サザエさんとバカボンの著作権者だけでなく、TOY魔人からも本来は許可を得なければならなかったのだ。

 それなのにまったく無断でアイデアを盗用し、営利活動を始めるとはタイセイに弁解の余地はない。実際、訴訟に敗れ、販売禁止命令を出された。

 ちなみに、TOY魔人のほうは今でも販売を続けているらしく、けっきょく元の鞘に納まった感じだ。

 ただ一部の情報によると、TOY魔人でさえ他の人のアイデアを元に作ったともいわれている(Wikipediaには、タレントの松本人志が最初に言ったと書かれている)。実は、元の考案者もあいまいなままのようだ。

 このサザエボンの事例は、著作権を考えるうえで興味深い二つのポイントを提供してくれている。ひとつは、二次的著作物の権利について。そしてもうひとつは、原作者によるそれの黙認についてだ。

 TOY魔人の場合も、厳密には確かに著作権侵害に相当する。よくマンガの同人誌やフィギュアでも同様のことが問題になるが、現実には原作者の側が黙認する場合も多い。

 なぜなら、それらはファンが楽しみでやっていることだからだ。それに、そうしたものが結果的に原作のプロモーションにつながることも多い。

 さらに、まったく派生物が生まれないというのも、作者としても寂しさを感じるものだ。だから、洒落でやっているTOY魔人のような場合は黙認してあげてもいいのではないかと思うのだが、どうだろうか。

投稿者 KATANA : 17:36 | コメント (6) | トラックバック

2006年09月03日

オシムのワンマン振りが心配

 選手に飛行機の中で着替えさせて到着してすぐに全体練習をするなど、相変わらずオシム監督は独自の姿勢を貫いている。

 そのおかげで、チーム内には独特の緊張感も生まれたのではないだろうか。ベテランの川口でさえオシムから怒鳴られたようだが、誰も油断できず、練習のときから真剣さを求められるといういい環境ができつつある。

 しかし、気になるところもある。いくらなんでも、オシム監督のやり方が極端すぎることだ。確かにかつてのジーコジャパンはもちろん、日本人には全般的に厳しさが足りない。だから、あえて思いきったことをすることで刺激を与えようとしているのはわかる。

 ただ、それがどうしても諸刃の剣のように思えてならないのだ。日本人には上の立場の人間に対して従順なところがあるが、そのためにかえって不満がたまりにたまって後で予期せぬ弊害を生み出してしまうこともある。オシム監督は、そういった日本人の性向をはたして本当に理解しているだろうか。

 これまで強引に選手を招集しようとしたり、記者会見で厳しすぎるコメントを発したりと、とにかく攻撃的な態度を変えようとしない。あるテレビ番組で野球解説者の大沢氏が「スタンドプレイが目立つ」と評していたが、それは的を射ているように思う。

 オシムのこれまでの経歴を考えれば、むしろ周りとの関係を重視する人物だったはずだ。でなくば、崩壊寸前のユーゴスラビアでナショナルチームの監督が務まるはずがない。

 だから、現在のオシムはどう考えてもわざとやっている。それは、内向的な日本人に対して刺激を与えることで、フル代表や引いては日本のサッカー界全体を変えようとしているのだろう。

 私は、その方法を否定するつもりはない。しかし、どうしてもやり方が極端すぎるように思えてならないのだ。日本の現状が思いきったことをしなければならないほど悪いというのもあるのだろうが、ジーコの方法論が極端すぎて失敗したように、オシムもやや計りまちがえているところがあるような気がしてならない。

 日本人は従順なのではない。そのように見えているだけで、実際は内に不満をため込んでいるだけなのだ。だから、陰で愚痴を言ったり、イジメなどの陰湿な方向へ行ってしまいやすい。ジーコジャパンの時代に“キャバクラ事件”が起きたのも、それが一因だろう。

 オシム監督には期待しているし、チームに厳しさは確かに必要だ。しかし、もう少し穏やかなやり方もあるのではないだろうか。

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2006年09月01日

沢尻エリカはすごい

タイヨウのうた (通常盤)

『タイヨウのうた』を聞いて驚いてしまった。これがデビュー曲だとは思えないほど、歌に力を感じたからだ。

 これは、沢尻エリカが同名のTBSドラマのヒロイン「雨音 薫」として歌っているものだ。あえて厳しいことを言うなら、やはり技術的な面で物足りなさはあるが、その荒削りな雰囲気がかえって曲に勢いをもたらしている部分もある。

 ともかく、試しにサウンドステーションで聴いてみてほしい。劇中で使用されているBGMも好印象だ。

 沢尻エリカがすごいのは、最近演技の面でも高い評価を受けていること。今後の映画の出演だけでも、すでに複数決まっているらしい。

『Xylish』のCMではコミカルな役を演じていて、こちらも面白い。女優としてだけ見ても、相当なポテンシャルを秘めているのではないだろうか。

 しかも顔よし、スタイルよしと来れば、ほんとんど敵はないのでは? 褒めすぎた気もするけれど(笑)、今後に要注目のタレントさんだ。柴咲コウの次の世代の主役かな?

投稿者 KATANA : 17:09 | コメント (0) | トラックバック