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2006年07月28日

「海賊版被害額」の誤謬 (3/5)

「被害」の差異

 本論では最初に、被害額の算定という面から情報財と物的な財との違いについて指摘した。しかし、 さらに深いところで情報財特有の難しい要素があるのだ。

 海賊版被害額を無理に算出するのならば、確かに一商品あたりの単価ではなく純益を基準にするべきではある。しかし、 そもそも情報財が複製されたとしても、それが本当に被害だといえるのかどうかは難しい問題である。

 ここにガソリンがあるとしよう。それが盗まれて使われてしまったとしたら後には何も残らないのだから、 1,000円分の量ならば1,000円の被害があったと考えていい。

 しかし、デジタル・メディアなどの情報財の場合は違う。たとえ違法に複製されたとしても、 オリジナルはずっと手元に残るのである。ここが、モノとの決定的な相違点である。 いくら複製されようとも元々の著作物が失われないにもかかわらず、それを明確な“被害”と呼んでいいものだろうか。

 つまるところ、こう言うことができる。被害は被害でも、物的な財における被害とは明確に異なる。情報の財の場合は、あくまで “販売の機会”を喪失しているだけなのである。言い換えれば、売り上げの見込みを失ったということである。 これは現実に起こった被害というよりも、未来における可能性の喪失といったほうがいい。それを、 現在における明確な被害と同列に論じることはけっしてできない。

 このように考えると、知的財産に関連した法が他の諸法と比べていかに異質かがわかる。民法や刑法などの場合、 明確な被害が出ていなければ被告側に大きな責任を負わせることは難しい。しかし、こと知的財産の場合は、 ここまで論じてきたように被害が実際にはあいまいであるにもかかわらず、大半の場合、裁判所は権利者側が提示した「被害額」 を基準にして巨額の賠償金を被告側に課すことが多い。

 機会喪失と物的な被害を同一に扱うことが妥当なのか。これは、やはりおかしいと言うほかない。法曹界の関係者も、 他の諸法との関係からもう一度知的財産関連の法について見直すべき時期に来ているだろう。

(次回につづく)

投稿者 KATANA : 2006年07月28日 18:53

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