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2006年07月31日

加藤あい、ドコモ新CM

NTTドコモ 加藤あいCM 卓球編

 何気なくテレビを見ていたら、加藤あいが出演するNTTドコモのCMが変わっていた。

 今回は、広告の権利を競争で勝ち取るというのがコンセプトらしい。加藤あいの珍しいスポーティな姿が見られる。

 しっかし、美人はなに着ても似合いますな( ´ー`) ポロシャツに短パンというのがスレンダーな体によく合っている。

 自分は卓球編しか見たことがなかったが、他にも綱引き編やビーチフラッグ編などもあるらしい。要チェックだ。

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2006年07月30日

「海賊版被害額」の誤謬 (5/5)

総括

 ここまでは海賊版によって権利者に被害が出ていることは間違いない、 しかしその実態はわからないというスタンスで論じてきた。だが、必ずしもそうではないのである。 複製品が出回ることでメリットも存在することは間違いないのだ。

 たとえば、宣伝効果が上げられる。無料で、ある著作物を入手したユーザーは、 それによって作品やその制作者を知ることができる。しかも権利者の側からすれば、宣伝費は一切かかっていないのである。 違法な複製による被害をあえて無視すれば、これほど効率的なプロモーションは他にないだろう。

 また、こうした場合、複製品の輸送・送信にかかる費用はユーザーが負担していることを考えれば、 後で料金を徴収する仕組みさえ生み出せば、ほとんどコストがかからないにもかかわらず利益を上げられるという、 権利者からすればたまらないシステムを生み出すことも可能性としてはあるのだ。

 もちろん、だからといって違法な複製行為を正当化できるものではないし、 違法行為はどんな理由があれ違法でしかない。その点、他者の権利を侵害する行為をしているユーザーに弁明の余地はない。

 ただし、上記のとおりモノと情報とでは被害の性質がまるで違う。よって、 一般の人々が著作権侵害を気軽にやってしまうのも無理はない面もある。知的財産を守るという意識がモラルとして定着していない以上、 罪の意識が希薄なのはむしろ必然である。

 この10年、インターネットが極めて急速に普及し、短期間のうちに状況が一変していったこともあり、 権利者の側もユーザーの側も古い考え方を改めることがまるで追いついていない。そういった面では、権利者が行き過ぎた行為をしたり、 ユーザーが気軽に侵害行為をしてしまうのも仕方がないといえる。だから、今われわれに求めてられているのは、状況を冷静に見つめ、 それに慎重かつ的確に対応していくことなのだろう。

 現在は時代の転換期である。それだけに、社会の舵取りを成功させるか失敗させるかによって、 今後数十年に大きな影響を与えることは間違いない。次代の担う人々に余計な負担を課さないように、今を生きるわれわれが頑張らなければならない。

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2006年07月29日

「海賊版被害額」の誤謬 (4/5)

誤謬による弊害

 さて、ここまでは「海賊版被害額」の誤謬について見てきたが、では、 実際にそれによってどういったことが引き起こされてしまうのだろうか。

 上記のとおり、訴訟において実態にそぐわない賠償金が課されるというのもひとつの問題である。そして、「海賊版被害額」に惑わされて、 必要以上に権利者に有利な法や制度やつくられてしまうのも問題だろう。それによって、 一般の利用者の側にとってデメリットが大きくなりつつあることは間違いない。

 しかし、実は権利者の側にとっても大きな落とし穴がある。それは、いたずらに被害者意識が強まってしまうことだ。たとえば、次のA・ B二つのパターンを考えてみよう。

A:「あなたの作品の海賊版が、100回もやり取りされました。被害額は1,000万円です」

B:「あなたの作品の海賊版が、100回もやり取りされました。しかし、被害額の実態はよくわかりません」

 もしAのように言われたら、額が額だけに驚き戸惑ってしまう人が多いだろう。反対にBのように言われたら、 問題だとは思いつつも冷静に受け止められる。

 これが10億・100億の被害だとでも喧伝したら、誰だって慌てふためく。つまり、 実態以上に被害が出ていると勘違いして、それによって過激な行動に出てしまうのである。

 その結果が音楽業界による顧客の提訴であったり、 呆れるほどに強固な著作権保護であったりするのだろう。こうした知的財産の問題にかぎらず、 被害者意識が強くなりすぎると恐怖心から過剰防衛するようになり、それはひるがえって他者への攻撃に転化することが多い。

 いわば、現在の知的財産関連の世界、特に音楽業界は実態以上にふくらんだ海賊版被害額に惑わされ、 一種の恐慌状態にあるといっていい。そのため、第三者が冷静な指摘をしてもまったく聞き入れることができず、 反対に常軌を逸した行為に打って出ることがあるのだ。

 その一方では、防衛のために法制度によって強固に保護されるために活動をする。その結果は、 複雑かつ硬直的になりすぎたそれらによって、利用者(消費者)だけでなく権利者の側まで法という名の鎖でがんじがらめにされてしまうのである。 権利者のために制定したはずの項目が、かえって彼らやクリエイターにデメリットを及ぼしてしまう理由の一端はここにある。

 何事も、現実からかけ離れたことを信じ込むとろくなことにならない。それは、政治しかり知的財産問題しかりである。 権利者の側のためにも、より正確に実態を把握する必要があるだろう。

(次回につづく)

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2006年07月28日

「海賊版被害額」の誤謬 (3/5)

「被害」の差異

 本論では最初に、被害額の算定という面から情報財と物的な財との違いについて指摘した。しかし、 さらに深いところで情報財特有の難しい要素があるのだ。

 海賊版被害額を無理に算出するのならば、確かに一商品あたりの単価ではなく純益を基準にするべきではある。しかし、 そもそも情報財が複製されたとしても、それが本当に被害だといえるのかどうかは難しい問題である。

 ここにガソリンがあるとしよう。それが盗まれて使われてしまったとしたら後には何も残らないのだから、 1,000円分の量ならば1,000円の被害があったと考えていい。

 しかし、デジタル・メディアなどの情報財の場合は違う。たとえ違法に複製されたとしても、 オリジナルはずっと手元に残るのである。ここが、モノとの決定的な相違点である。 いくら複製されようとも元々の著作物が失われないにもかかわらず、それを明確な“被害”と呼んでいいものだろうか。

 つまるところ、こう言うことができる。被害は被害でも、物的な財における被害とは明確に異なる。情報の財の場合は、あくまで “販売の機会”を喪失しているだけなのである。言い換えれば、売り上げの見込みを失ったということである。 これは現実に起こった被害というよりも、未来における可能性の喪失といったほうがいい。それを、 現在における明確な被害と同列に論じることはけっしてできない。

 このように考えると、知的財産に関連した法が他の諸法と比べていかに異質かがわかる。民法や刑法などの場合、 明確な被害が出ていなければ被告側に大きな責任を負わせることは難しい。しかし、こと知的財産の場合は、 ここまで論じてきたように被害が実際にはあいまいであるにもかかわらず、大半の場合、裁判所は権利者側が提示した「被害額」 を基準にして巨額の賠償金を被告側に課すことが多い。

 機会喪失と物的な被害を同一に扱うことが妥当なのか。これは、やはりおかしいと言うほかない。法曹界の関係者も、 他の諸法との関係からもう一度知的財産関連の法について見直すべき時期に来ているだろう。

(次回につづく)

投稿者 KATANA : 18:53 | コメント (0) | トラックバック

2006年07月26日

「海賊版被害額」の誤謬 (2/5)

複製者の心理的側面

 あなたは、よく駅前などで宣伝のために配られているポケットティッシュを受け取ったことがあるだろうか。実は、このことが 「海賊版被害額」の誤謬を考えるうえで、非常に大きなキーになる。

 前回は被害額の算定方法に問題があることを、物的な財と情報財との比較によってシンプルに説明したが、 それ以前に大きな問題が横たわっている。それをポケットティッシュを例にとって考えてみよう。

 われわれは、確かに配られているポケットティッシュを受け取ることがある。それは、なぜだろうか。言うまでもなく、無料(タダ) だからである。「ひとつ50円です」と言われてわざわざ手に取ることはないだろう。

 ではひるがえって、特にネット上において違法な複製物をダウンロードする場合のユーザーの心理はどうか。こちらも、 無論タダだから手に入れようとする場合が多いだろう。「この音楽ファイルは1曲100円です」と請求されるのなら、 はじめから合法サービスを利用するはずだ。

 要点はここにある。「対象物を受け取る」という面においては同一であっても、「無料だからとりあえずもらっておく」といった場合と 「必要だから買う」といった場合とでは、まったく次元が異なるのである。つまり、海賊版を手に入れた人物が、 必ずしもそれがなければ正規版を購入したとは限らないということだ。

 そこで、現在多くの著作権者(特に企業)がしていることを考えてほしい。彼らはこの二つを混同したうえで、被害額を計算している。 換言すれば、違法な複製物を入手したユーザーはすべて、本来ならば正規品を購入したはずだと。

 これがいかにおかしなことかは、賢明な読者諸氏ならばすでにおわかりだろう。たとえるなら、 広告用のポケットティッシュが1,000個さばけたから、販売品のほうも1,000個売れるはずだと考えるようなものである。

 もちろん中には、正規版を購入する予定だったのが無料という魔力にひかれて海賊版を入手してしまった場合もあるだろう。いずれにせよ、 ポイントは「無料だからとりあえずもらっておいた」人物と「金を払うつもりだったが海賊版を手に入れてしまった」人物の見分けは、 事実上できないということだ。それは本人にしかわからないことであり、 場合によっては気軽にダウンロードしたから本人でさえよく覚えていないといったことも有り得る。

 これが、カジュアル・コピーの現実だと言っていい。海賊版業者のように金銭的利益のために明確に脱法行為をするのとは異なり、 オンライン、特にファイル共有ソフトを利用した違法な複製品の場合はよくも悪くも“気軽に”著作物のやり取りをしているだけなのである。

 実際、ファイル共有ソフトのユーザーは入手したコンテンツのすべてを使っているわけではないとよく言われている。 少しでも欲しいと思ったものをとりあえずダウンロードし、ハードディスクなどにためておく。いわば、 現実に使うかどうかはともかく“コレクション”として収集しているだけなのである。ただ集めているだけなのに、 それが本当の被害につながるかは極めて疑わしいと言わざるをえないだろう。

 当たり前だが、ここでは「被害が出ていない」と論じているのでは決してない。おそらく被害が出ているのだろう。だが、 その多寡はわからないということを主張したいのである。

 ただし、カジュアル・コピーと企業(プロフェッショナル)が組織的に違法な複製品を利用する場合とでは、 はっきりと分けて考えたほうがいい。一般のユーザーと違い、 企業などプロの世界においては必要だから海賊版を利用していることが大半である。なぜなら、 それがなければ業務が成り立たないから。今でも企業による不正利用があとを絶たないが、 この面では100のライセンス違反があれば100ライセンス分の被害が出たと考えても差し支えないように思う。

 とはいえ、違法複製による被害を考えるうえではもっと根本的な問題がある。それは情報財の場合、 被害を被害といえるのかということである。

(次回につづく)

投稿者 KATANA : 19:35 | コメント (0) | トラックバック

2006年07月25日

「海賊版被害額」の誤謬 (1/5)

被害額の算出方法

 知的財産のさまざまな問題が叫ばれるようになって久しい。中でも著作権に関しては、 無数の訴訟が起こされたり侵害行為がネット上で横行するなど、何かと話題に上っている。

 ただ、著作権侵害による被害は、実は他の分野におけるそれとは事情が異なる面が多い。一口に「被害額」といっても、 本質的に違っている部分があるのだ。それについて以下に論じてみたい。

 まず、商業的な著作物が違法にコピーされたりした場合の被害額はどのように査定するのだろうか。これは、 単純に商品の単価で計算することが大半である。たとえば、1,000円の音楽CDが100回違法に複製されたら10万円の被害、といった具合に。

 けっして正規に販売されていた場合の利益分で計算することはしないのである。200円の利益が出ていたはずだから、 2万円の被害とは考えない。

 これは、自動車などの物的な財を考える場合にはまったくもって妥当である。そういった“モノ”を製造する場合には、 原材料費や機械設備の維持費などを含めて、いわゆる製造コストがかかっている。だから、1,000円のモノが盗まれた場合、 そっくりそのまま1,000円の被害であるといっていい。

 しかし著作物、中でもデジタル・メディアを利用したものの場合はどうだろう。確かに、製造コストはかかってはいるだろう。音楽の場合、 ミュージシャンの人的費用やスタジオの利用費などが考えられる。

 ただし、複製物には費用はほとんどかかっていない。違法コピーについてわかりやすくするために、 音楽のデジタル・メディアと自動車とを比較しながら考えてみよう。実際に複製という行動をとっているのは各ユーザーである。 あくまで工場でつくっている自動車とは違う。ネットから音楽ファイルをダウンロードした場合、輸送費(ネットの利用費) を負担しているのはあくまで各ユーザーである。各販売店へ自費で輸送している自動車とは違う。

 つまり情報財の場合、たとえ違法な複製行為であってもその際にかかるコストを負担しているのは、まぎれもなく各複製者なのである。 ここで言いたいのは、自動車などのモノが実店舗で盗まれるのと、デジタル・メディアがネットなどで違法に複製されるのとでは、 まったく次元の異なる問題だということである。言い換えれば、物的な財と情報財とを混同して考えてはならないということだ。

 この点だけでも、海賊版被害額の算定方法がいかにおかしいかがよくわかるだろう。1,000円の音楽CDが複製されたからといって、 そっくりそのまま1,000円の被害というわけではない。上記のとおり、情報財が複製される場合のコストは複製者が負担している。

 ただ、オリジナルの制作に費用がかかっていることは事実なので、商品の単価ではなくその利潤の額で被害額を計算したうえで、 制作コストを上乗せしたものが最も実態に近い数字になるだろう。

 考えてみれば単純なことである。しかし、著作権者の側はまず間違いなくそういった計算をしない。なぜなら、 実態より大きい被害に見せかけることで、周囲から(特に政治的な面で)自分たちに有利な要素を引き出そうという考えが根底にあるからである。 言葉をかえれば、同情を買おうとしているといってもいい。だから、 どう考えても実際の被害よりも大きくなってしまうことは明白であるにもかかわらず、商品の単価を基準にして被害額を算出しようとするのである。

 ただし、「海賊版被害額」というものはもっと実態があいまいな面さえある。その原因は、 複製者の心理的な側面を完全に無視していることだ。

(次回につづく)

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2006年07月19日

ユベントス、3部落ちの可能性も

ユベントスオフィシャルDVD 2004-2005シーズンスクデッド獲得の軌跡 BOXセット (限定3000セット)
 処分が決定したとき、セリエB(2部)落ちということでやや甘いかなという印象もあったが、改めて考えてみるとこれは単純にセリエC1(3部)へ降格されるよりも厳しいかもしれない。

 ポイントは、勝ち点-30からのスタートということだ。昇格プレーオフの出場権は6位までで、昨シーズンの場合チェゼーナが勝ち点66。これを目安にすると、ユーベは勝ち点を96もとらなければならない。

 これは昨シーズン1位のアタランタのそれ(81)を上回る数字で、事実上不可能に近い。ちなみに、アタランタは24勝9分9敗だった。

 ユーベの場合、現実的には昇格よりも降格を気にしなければならないだろう。昨シーズンの降格プレーオフのラインは、18位の46点。つまりユーベの場合、76点以下では降格争いに巻き込まれることになってしまうのだ。

 76点というと、昨シーズンの3位トリノ(21勝18分3敗)と同じ。ということは、ユーベは降格1年目から、優勝争いに絡むほどの成績を残してはじめて残留圏内にとどまれることになる。これは、主力がごっそり抜けるであろうことを考えると、けっして容易なことではないだろう。

 しかも、フィオレンティーナやラツィオも一緒にセリエBへ落ちてくるのだ。昨シーズンよりもリーグのレベルは高くなると考えたほうがいい。

 万が一セリエC1へ落ちることになると、最短でもセリエA復帰まで3年かかってしまうことになる。これは、直接C1へ降格処分されるよりも厳しいことだ。

 しかも、C1は名目上はプロでも環境はかなり厳しい。そこまで落ちたらさらに選手が流出するだろうし、クラブの収入も絶望的なほどに激減するに違いない。そうなれば、ユベントスという歴史あるクラブの存続さえ危うくなってしまうだろう。

 ユベントスは処分内容を不服としてスポーツ裁判所に上訴したが、どうなることやら。

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2006年07月18日

堀部秀郎、逝く

Yours―堀部秀郎ART WORKS
 お気に入りの絵描きさんのサイトを探していたら、びっくりする情報に出会ってしまった。イラストレーターの堀部秀郎さんが急性心不全のため亡くなられたという。

 享年36歳。早すぎる。氏の美麗なイラストは以前から好きだったので、もう新作が見れないのかと思うと残念でならない。

 氏のイラストは大半がアニメ塗りなのだが、なぜか絵に“深さ”を感じる希有な存在だったと思う。それなのに、先日出された画集が置き土産になってしまうとは……。

 うーん、それにしても最近は漫画家やイラストレーターで体調を崩される方が多いような気がする。本人の責任もあるのだろうが、いまの業界のあり方が彼らに無理をさせてしまっているような気がしてならない。

 無理なペースで走り続ければ、いつか潰れてしまうことになるのは必然だ。企業の側の思惑で有望なクリエイターたちが駄目にされていくのはなんともしのびない。もっとも、企業も厳しい経済状況の中でやむにやまれずやっている面もあるのだろうが。

 ともかく、堀部氏の冥福を祈りたい。そして、同じように病気で倒れてしまうクリエイターがもう出てこないことも。

投稿者 KATANA : 17:48 | コメント (0) | トラックバック

2006年07月16日

Movable Type 3.31へ最短アップグレード

Movable Typeでつくる!最強のブログサイト
 の最新版3.31がリリースされた。

 そこでさっそくアップグレードしようと思ったのだが……公式サイトの説明を見ても、バックアップしろだの元のファイルを削除しろだの、とにかくめんどくさいし、相変わらず説明がわかりにくい。

 要するに、必要なファイルはローカルに保存してクリーンインストールしろということなのだろうが、とにかく手間がかかる。システムをアップグレードするときに、重要なファイルをバックアップすることは確かに当然だ。でも、めんどくせぇ(本音)。

 というわけで、Movable Type 3.2xから3.31へ移行するための最短の手順を記しておこうと思う。ちなみに言うまでもなく、バックアップをとらないのがリスキーであることは間違いないし、古いバージョンのファイルを残すことは後になんらかの障害を起こすきっかけになるかもしれない。よって、すべて自己責任でやってほしい。

  1. 最新版のダウンロード
  2.  えー、なぜかECBuyers.comからダウンロードしなければならない。しかも、手続きがめんどう。なんでやねん。

     ともかく手順にそってダウンロードし、解凍しておく。

  3. ファイルをアップロード
  4.  最新版のファイルを、基本的にすべてアップロードしてしまえばいい。古いファイルに上書きしてしまっていいのだ。そうしておけば、いちいちパーミションを設定する手間が省ける。

     そうそう、古いmt-upgrade.cgiを削除してある場合は、当然新しいそれをアップロードした後でパーミションを適切に設定しておく必要がある。

  5. mt.cgiへアクセス
  6.  mt.cgiへブラウザからアクセスすれば、自動的にアップグレードの作業が始まる。たいして時間もかからずにそれも終了。

     これですべて終わりだ。

 まあ、こんな感じなのだが、いちいち余計なことをしなくても、少なくとも自分の場合は今のところきちんと動作している。

 ただ、やはり最低でもデータベースのバックアップだけは取っておくべきだろう。何かのミスでそのデータが飛ばないとも言い切れない(多分ないけど)。

 それから、検索結果のフィードを出力するためには、mt-config.cgiに「AltTemplate feed results_feed.tmpl」という行を追加しておく必要がある。

 最後に、くり返しになるがあくまで自己責任でやってほしい。まあ、とにかく大丈夫だとは思うのだが。

投稿者 KATANA : 16:11 | コメント (0) | トラックバック

2006年07月14日

イラストレーター:隼 優紀

 今日から、ぽつぽつとお気に入りの絵描きさんのサイトを紹介しておこうと思う。

 初っぱなは隼 優紀(はやぶさゆき)さん。以前から『Red Stone』というオンラインゲームので気になっていた方だ。

 とにかく画力がすごいし、描くキャラは魅力的(個人的には、特に女性キャラがお気に入り)。

 どちらかというとリアル系の絵柄だが、かわいらしい女性も描けるということはそれだけ実力があるということではないだろうか。

 特に気に入ったイラストは、これこれかな?

 ともかくただ上手いだけではなくて、独特の雰囲気が出せているところもいい。まだ若い方みたいだが、これから要注目だ。

 ちなみに、自分で絵を描く人にはメイキングも参考になると思う。

投稿者 KATANA : 13:26 | コメント (0) | トラックバック

2006年07月12日

日本サッカー協会のつたない交渉術

 氏の日本代表監督就任問題もジェフの側が折れてくれたおかげで一安心といったところだが、今回の件はのいろいろな問題を提示している。

 まず、現役でプロチームの監督を務めている人物を無理やりに引き抜こうとする自体いただけない。仮にどうしてもそうせざるをえないにしても、当然のことながら相手先のクラブと事前に交渉するのが当然というものだろう。

 それなのに、わざとなのかうっかりなのかはわからないが、先に一般に公表してしまうなどとはつたないにも程がある。結果としてジェフのサポーターや関係者の怒りを招き、オシム氏を悩ませることになってしまったわけだが、そのようになってしまうのは必然であった。

 理想をいえば、昨年の段階からオシム氏と内々の交渉を持つべきだったのだ。Jリーグの日程は春-秋制だから、どうしたってW杯終了時は中途半端な時期になってしまう。なぜ、事前に手を打っておかなかったのか。そうしておけば、オシム氏はすんなりと代表監督を選択できたのに。

 もちろん、他の監督をリストアップしていたからというのもあるだろう。しかしそれ自体、ベンゲルのような就任が有り得ないような人物をリストアップするのがおかしいという問題もある。なぜ、現実的な選択ができなかったのか。

 さらに、もし川淵会長の“うっかり”が、世論を巻き込むことでなし崩し的にオシム氏を代表監督に就任させようという策略によるものだとしたら、あまりにもやり方が汚いといえるだろう。子供たちに顔向けできないようなことだ。

 ともかく今回の件は、あまりにもJFAの側が一方的すぎたことは事実である。ジェフの側の「悪しき前例をつくりたくない」という主張は、まったくもって正当なものだ。そして、「W杯の総括をきちんとできない協会なんかにオシムをとられたくない」というサポーターの気持ちもよくわかる。

 ジーコジャパンの反省も含め、JFAには二度とこのような騒ぎを起こしてほしくないものだ。

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2006年07月11日

F1グランプリの金曜日が変わる?

F1グランプリ 2006 VOL.1 Rd.1~Rd.6 エクレストンがF1グランプリの金曜日を改革しようとしているようだ。

 これまでその日はフリー走行に当てられていたが、サードドライバーが走ることが多い一方でその他の選手は本気で走ることはめったになく、なんとも緊張感のない1日になってしまっていた。

 そこで金曜日はテストの日とし、それ以外の空いた時間をファンとの交流に当てようというのが今回の改革案のようだ。

 これはいい傾向だと思う。F1もプロスポーツのひとつでありながら、スポンサーの獲得に躍起になるばかりで、肝心のファンへのサービスがまったく物足りなかった。ルノーのフラビオ・ブリアトーレでさえ「これまであまり観客のことを考えてこなかった」と認めている。

 ただ、その彼が「我々は娯楽を提供すべきだが、レースは退屈だ」とまで言っているのはいろいろと考えさせられる。やはり当事者も、現在の見せ場の少ないレースにあまり魅力を感じていないのだろう。確かに、抜きどころがピット作業の直後だけというのは、ファンとしてもあまりに寂しい。

 それはともかく、金曜日が改革されればサードドライバーの存在が事実上、意味のないものとなる。実際、FIAは来シーズンからサードカーを廃止にするようで、日本人ファンとしてはスーパーアグリの山本左近がどうなるのか気になるところだ。

 それでも、こうして改革をどんどん進めていくことはいいことだろう。何かと批判されることの多いFOMやFIAだが、けっして悪意をもってF1を駄目にしようとしているわけではないのだから。

投稿者 KATANA : 13:27 | コメント (0) | トラックバック

2006年07月09日

イタリアサッカーの闇

CALCiO (カルチョ) 2002 2006年 08月号 [雑誌] ついにW杯ももうすぐ決勝戦。イタリア代表は国民の期待を背負って戦うことになるわけだが、その一方でイタリアサッカー界の暗部である八百長問題の審決も大詰めを迎えようとしている。

 普通ならばイタリアの検察側が要求しているとおり、あそこまでひどい八百長を行ったユベントスは3部(セリエC1)へ、そして部分的に関わったミランやフィオレンティーナは2部(セリエB)へ降格というのが当然だろう。

 しかしここに来て、怪しい流れができつつある。イタリア代表の活躍にあてられたか、“カルチョのために”ペナルティを軽減しようというのだ。いわく、「ビッグクラブが降格すれば、いい選手が他国のクラブに奪われてしまう。そうなると、イタリアサッカー界のレベルが落ちてしまうから、ユベントスなどには恩赦を」ということらしい。

 これは筋が通っているようでまったく通っていない。そもそもユベントスだけが起こした問題ならともかく、ミランなど複数のクラブが絡んでいるということは、もはやカルチョの世界全体がおかしくなっているということだ。

 実際、イタリアサッカーはいろいろな面で狂っている。たとえば、結果を極端に重視して守備的なつまらないサッカーに終始したり、一部のファンが暴動を起こしたりしているように。

 私は逆に、今この時がカルチョを変革するチャンスだと思っている。これまでたまりにたまった澱を一掃し、いい方向へむかうべき時期に来ているのではないか。

 そのためには、けっして今回の問題をうやむやのうちに終わらせるべきではない。2年や3年という短いスパンの目先の利益にとらわれるのではなく、もっと大局を見てほしい。確かにユーベやミランが降格すれば、セリエAの質・人気は急落するだろう。しかし長期的には、問題点の改善によって必ずよい結果が生まれるはずだ。

 この点、イタリアはイングランドを手本にできる。イングランドもかつてファンの暴動が原因で国際舞台からの締め出しをくらい、国内リーグは低迷した。しかしそれをきっかけとして過去の体制を改めたプレミアリーグを発足し、地道な努力のおかげで今や世界でもトップクラスの人気を誇るリーグに変貌している。

 だから、イタリアもカルチョのためにこそ問題を起こしたチームには厳しい対処をすべきなのだ。もしイタリアらしい結果至上主義と天真爛漫さによって処罰をあまくするようなら、そのときこそカルチョの未来が閉ざされるだろう。イタリア人がイタリアサッカーそのものを滅ぼすことがないことを祈りたい。

投稿者 KATANA : 15:32 | コメント (0) | トラックバック

2006年07月08日

中田引退に思う

ドイツW杯への道 nakata.net 現在における日本サッカー界の第一人者であった中田英寿が引退を表明した。

 正直、さすがにこのタイミングでの引退には驚かされた。まだ29歳で、W杯でもチームが不調ながらも中田はそれなりにいい動きを見せていた。イングランドプレミアシップのチャールトンが獲得に動いているという噂もあり、まさに“これから”といった印象だったからだ。

 これは日本のサッカー界からすれば、はっきり言って痛い。現役の選手で、彼ほど経験豊富で世界的な知名度がある存在は他にいないからだ。代表チームが厳しくなるということ以前に、若い選手の目標となれる人物がいなくなるのはつらいところだろう。しかもサッカー界から完全に離れるというのだから、損失という言葉では言い表せないほどのものがある。

 しかし個人的には、この引退はベストタイミングであったと思う。以前、ジダンの引退について触れたエントリーでも書いたことだが、ひとつの終わりは新しいことの始まりでもある。すなわち、終わりのタイミングを間違えると次の始まりに悪影響を与えたり、場合によっては何も始められなくなってしまうのだ。

 特に、それまでやってきたこととまったく違うことにチャレンジするというのなら、29歳という年齢はもうすでにギリギリだと言っていい。20代の頃の1年と40代以上での1年は、数字上は同じでも人間にとってはその重みがまったく異なる。歳をとってから新しいことを始めようとしてもなかなかうまくいかず、またそこそこの成功を収めることはできてもより高みを目指すことは難しい。

 だから、私は中田英の決断を全面的に支持したい。サッカーだけで終わりたくないという気持ちもよくわかるし、新しい挑戦をすること自体が素晴らしいことだ。今後は、別の分野での活躍を願っている。

投稿者 KATANA : 19:13 | コメント (1) | トラックバック

2006年07月07日

Winny遮断と回線の負荷
P2P

Winnyの技術
Winnyの技術
 ISPがWinnyを遮断したことについて書いてある記事に、少し気になるところがあった。

多くの人が,「ぷららはWinny遮断の目的をセキュリティ対策だと言っているけど,本当の目的は爆発的に増大するP2Pファイル共有ソフトなどのトラフィックにネットワーク設備を増強することなく対応するため」と見ている。しかし,ここまで見れば,これが見当違いだということが分かるだろう。

 これだけでは何のことやらわからないので、続く部分を以下に示そう。

なぜなら,ネットワークを守るためなら,ある程度のトラフィック制御は許されるという判断をすでに総務省が示しており,さらに踏み込んで,通信を遮断するという措置を取る必要はないからだ。

 要するにこの記者の主張は、“Winnyで利用できる帯域の制限はすでに可能なのだから、あえて遮断する必要はない。だから、帯域確保のためにWinnyを完全に遮断しようとしたという憶測は間違い”ということだ。

 しかし、はたしてそうだろうか。確かに帯域制限をかけて、Winnyのトラフィックによる負担を軽減することはできる。だが、それでもWinnyの利用によって帯域が使われていることに変わりはないのだ。

 どいうことかというと、帯域制限とはいっても極端に絞れるわけではない。たとえば、100Mbpsを謳っているのに1Mbpsまで減らすことはさすがにできないだろう。ということは、Winnyのユーザーがいるかぎり帯域は一定程度かならず食われることになってしまう。

 つまり、Winnyユーザーが多ければ多いほど、帯域制限をかけても結局は回線への負荷は大きくなるということだ。ここに、Winny遮断へのISP側のインセンティブが生まれる。
 Winnyを完全に遮断、すなわち使えなくしてしまえば帯域はごっそりと空くのだ。しかも著作権侵害や情報漏洩などが起きて、Winnyを悪者にする条件はそろっている。そこで、それらを理由にISPがWinnyを排除しようとしたとしても、なんら不思議はないだろう。
 この点は、ISP側がやたらとWinnyを“悪”ということにしたがっていることとも通ずるが、これについての詳しいことはまた別の機会に述べる。

 ともかく、インフラへの負担を軽減するためにもWinnyがないほうがいいというのが、結局のところISPの本音だろう。

 ただ、リンク先の記事ではISPがWinnyを遮断しようとした他の理由についても述べられている。こちらは非常に鋭い指摘なので、一読をお勧めしたい。

投稿者 KATANA : 18:30 | コメント (0) | トラックバック

2006年07月06日

惜しまれるドイツの敗戦

2006 FIFA ワールドカップ ドイツ大会 開催国ドイツは、準決勝でイタリアの前に散った。

 非常に惜しい試合だったと思う。前半はややイタリアのペースだったが、それでも要所要所でドイツが攻め、カウンターからつくった決定的な場面ではシュナイダーのシュートが浮いてしまったものの、それなりに形はできていた。

 後半は、むしろ完全にドイツが主導権を握っていた。しかし、決定機をつくってもシュートを決めきれない。今日の試合の敗因はここにあった。2トップのクローゼもポドルスキーも動きはいいのだが、シュートの精度を少し欠いていたのだ。結局、決めるべきところで決められなかったのが、延長でやられる流れをつくってしまったといえるだろう。

 それに、途中交代で入れたオドンコールとシュバインシュタイガーがいまひとつ機能しなかったのもドイツには痛かった。ジラルディーノ、デルピエロが活躍したイタリアとはあまりに好対照である。

 さらにはバラックの不調、そしてフリンクスの思わぬ出場停止も大きかったに違いない。そのうえ前戦では120分を戦っていたのだから、その疲れも当然あっただろう。

 リッピの巧みな采配と強固すぎるイタリア守備陣の前にしてやられた感はあるが、それでも勝つチャンスは十分あっただけに本当に悔やまれる。

 それでも改めて考えれば、W杯開催前のひどい状態からよくここまで来たと考えることもできる。個人的に、ドイツは一歩まちがえばグループリーグ敗退もありえると思っていた。それがふたを開けてみれば、あれよあれよという間に快進撃で準決勝まで勝ち進んできたのだから、選手たちの奮闘は賞賛に値する。

 できれば、開催国に最後まで行ってもらいたかったのだが仕方がない。クリンスマン監督の進退などが気になるところだが、とりあえず3位決定戦でいい試合を見せてもらいたいものだ。

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2006年07月03日

ファイナルファンタジーの本当のすごさ

ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン (通常版) 先日話題にした『ファイナルファンタジー13』のムービーが公開されている

 確かにグラフィックがすごいが、個人的に感心させられたのはその雰囲気やBGMなどから「ああ、これはFFだ」とすぐにわかったことだ。

 毎回まったく異なった世界観・システムのゲームであるにもかかわらず、“FFらしさ”をきちんと出すのは容易なことじゃない。

 それにシリーズ物の場合、ハリウッド映画などでよくあることだが、回を重ねるごとに質が落ちるということがよくある(笑)。しかし、FFシリーズにはそれがない(確実に上がっているとも言えないけれど)。

 FFが今や世界的なタイトルとなったのは、この辺に理由があるのかもしれない。いずれにせよ、13作目も楽しみだ。三部作というのが、よくも悪くも気になるところではあるが。

投稿者 KATANA : 22:02 | コメント (0) | トラックバック