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2005年10月04日
前回は『のまネコ』問題における著作権の面からの解釈を考えてみたが、今回はエイベックスという企業の側の態度について触れてみたい。
多くの人々が気づき、最も憤りを感じている点は、やはり著作権に対する態度の矛盾だろう。エイベックスは以前から一方的にCCCDを導入したり、ファイル共有ソフトを訴えたりと、とかく“著作権の保護と啓蒙”をうたっていた。
しかし前回みたように、他者の著作物に対する意識はあまりにもいい加減だったといわざるをえない。自分たちの著作物は強硬に保護しようとするくせに、他者の著作物はその権利を尊重しないどころか、自分のものしようとさえする。呆れるほどに利己的な態度だ。
エイベックスをはじめ著作権者の側は、よく「芸術・文化を守るために著作権を遵守せよ」という。しかし今回の件からもわかるように、けっきょく企業とは著作権というものを金もうけの手段としてしか考えていないのだ。
つまり、自身の利益しか基本的に意識にない企業の主導でこれまで著作権法の改正が行われてきたがために、どんどん著作権というものがおかしくなってきてしまったともいえる。私的録音・録画補償金制度が典型的な例だ。
レコード会社をはじめとした著作権者たる企業はよく、「芸術の創造的サイクルの維持」がみずからの役割だと主張する。しかし昨今の一連の出来事をみるかぎり、そんなものは建前にしかすぎないことがわかるだろう。
企業の主張を優先するかぎり、文化を真に発展させることは難しいように思う。それだけに、現行の著作権審議会へ民間からの参加がもっと必要なのだが……。どうなることやら。
# 『のまネコ』問題は終わらない。次回は、企業のやらしさとマスコミの腐敗について。のまネコはいろいろなことを示唆してくれる。
投稿者 KATANA : 18:44 | コメント (0) | トラックバック
2005年10月03日
ネット上で騒がれていた『のまネコ』問題。渦中にいるエイベックスがこのキャラクターの著作権をもつ有限会社ゼンへ商標出願を取り下げるよう依頼したことで、ひとまずは沈静化の方向へむかいそうだ。
簡潔にまとめると、2ちゃんねるで生まれたキャラ『モナー』をベースにしたものを、エイベックスがあたかも自分のものであるかのように商業展開しようとしたことが発端だった。
法的には、モナーのような複数の人物によってつくられた作品は“共同著作物”と呼ばれる。何も難しいことはない、基本的に単独でつくったものと同じように著作権で保護されるのだ。
エイベックスは、その2ちゃんねるユーザーの共同著作物をベースにして『のまネコ』をゼンにつくってもらい、それを使用したということになる。モナーとは厳密には違うものの、エイベックス自身、
『のまネコ』は、ネット掲示板において親しまれてきた『モナー』などのアスキーアートにインスパイアされて映像化され、当社と著作権管理会社が商品化にあたって新たなオリジナリティを加えてキャラクター化したもの
と、実質的にモナーが元であったと認めている。
この場合、のまねこは二次的著作物と呼ばれる。一応、著作権は認められるが、すでに著作権のある作品をベースにしているため、その公開・使用などの際には当然ながら元の著作権者の許諾がいることになるのだ。
つまり、エイベックスとゼンの側がモナーの著作権者の許可を得ていれば、なんの問題もなかった。しかし、この問題を複雑にしているのは、2ちゃんねるなど不特定多数のユーザーが参加している場でつくられたものの場合、オリジナルの作者や共同著作者が誰なのかが判然としないことだ。これでは、正式に交渉したくてもできない。
だからといって、今回のエイベックスのように勝手に商業展開していいわけがないのはもちろんだ。のまネコ問題は全般的に、エイベックスの軽率な行動がその根因にある。以前、タカラが似たような件で周囲から非難を浴びたということがすでにあっただけに、著作権保護に対する意識があまりにお粗末だったと言わざるえない。
ただ、今回のことは不特定多数による共同著作物を法的にどう扱うかなど、いろいろなポイントをわれわれに示してくれたと思う。著作権制度じたいが今、曲がり角に来ている。これからどのように対応していくか、よくよく考えなければならない。
# 次回はエイベックスの態度について。なんのための著作権なのか――。
投稿者 KATANA : 13:07 | コメント (3) | トラックバック
2005年10月02日
また日本の審判が、やってはならないことをやらかしてしまった。
26節、柏対神戸戦。途中交代の際に、レイソルの選手が遅延行為で退場になった。ただそれだけの話だったのだが、ここからがおかしくなる。交代が成立する前の退場なのだから、当然レイソルは10人で戦わなければならない。しかし、なぜか吉田主審は交代をそのまま認めてしまったのだ。
納得がいかないのは神戸。厳しい残留争いをしているだけに、もはや1戦も落とせない。試合じたいが1点差の状態ならばなおさらだった。
今回のことは、“ミスジャッジ”というより“ルール適用ミス”。審判も人間だから、きわどい場面での判断ミスは仕方がない。また、ジャッジの基準が一定しなかったり、世界基準からずれているのもそれはそれとして問題ではあるが、まったく別の話だ。
そういったことではなく、ルール自体の誤用、もしくは失念なのだから目も当てられない。極端な話、手でボールを扱うことを認めてしまうようなものだ。
先日のW杯予選、ウズベキスタン対バーレーン戦につづく不祥事だけに、問題の根の深さを感じる。こういったミスに、副審や第4審をふくめ現場の誰も気づかなかったことも共通する点だ。
日本の審判のレベルが低いことはけっして今に始まったことではないが、改めてそのことを露呈する形になってしまった。ジャッジの基準や審判の育成をふくめ、根本から一度見直す必要があるだろう。でなくば、いくら選手が頑張っても日本のサッカー界の底上げはままならないと思う。
ちなみに、スペシャル・レフェリーの給料は基本給が月当たり最高40万円、試合の手当ては1ゲームで最高20万円。つまり1ヶ月4試合笛を吹けば、最高で120万円の収入があることになる。1シーズン10ヶ月としても、年収が1200万円! 普通のサラリーマンからすれば、目の飛び出るような数字だ。はたして、現在の審判たちにこれだけの高額なサラリーを支払う価値があるのか、正直なところ疑問に思わざるをえない。
# 今回の場合、再試合はおかしいので、ミスがあった時点からやり直しというのが妥当ではないだろうか。



