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2005年08月26日

本当に部員たちには責任がないのか――駒大苫小牧問題に寄せて

 いま、駒大苫小牧高校の野球部部長が引き起こした暴力が事件が、野球界だけでなく世間を騒がせている。 学校側が以前から問題を把握していながら隠蔽し、さらには同校が夏の甲子園で連覇という偉業を達成したことが、 かえって火に油をそそぐ形になっている。

 今回は明徳義塾の場合と異なり、いろいろな要因が絡まり合っているためにやや混乱している人も多いと思う。こういった際には、 問題をひとつひとつ別個に考えていく必要がある。

 第一には、理不尽な暴力を振るい続けていた部長の責任。これについては、議論の余地はない。明らかにその部長に問題があり、 教育者としてあるまじき行為をはたらいたのだから、できうるかぎり厳しい処分を下すべきである。一部報道によると、被害者の部員に対して 「苫小牧を歩けなくしてやるぞ」と脅迫までしていたという。情状酌量の余地はない。

 第二には、学校側の管理責任の問題である。暴力事件を以前から知っていながらそれを隠蔽し、あまつさえ発覚後に虚偽の発言までしている。 本来ならば、問題がわかった時点からできるだけ速やかに事実関係を明らかにし、被害者の保護・補償、加害者の処分を行うべきであった。

 にもかかわらず現実にはむしろ事実を隠蔽し、さらには被害者側に対して「殴られたのを3、4発にしておけば秋季大会に出られる」 などと圧力をかけていたという。言語道断である。この点の責任もはっきりしているのだから、 高野連だけでなく教育委員会や文部科学省からなんらかの処分を学校側に課すべきだろう。

 そして第三には、現場責任者としての監督の問題である。暴力は練習中にも振るわれていた。ならば、 そのことを監督は知っていたはずである。仮に知らなかったとしても、部内のことをきちんと把握していなかった責任からは逃れられない。 監督にも問題があったのである。ちなみに当初、監督は暴力事件について知らなかったとしていたが、 後になって学校側と同じく以前から知っていたことを認めている。

 最後に第四として、被害者以外の部員たちのことがある。 いろいろな問題が絡み合っている事件ゆえに前置きが長くなってしまったが、今回の記事ではこのことをメインに話を進めていきたい。

 さて、世間一般ではどうやら「部員たちに責任はない」とする意見が有力なようである。確かに、 問題を起こした張本人は指導者の側である部長にあり、隠蔽問題も学校と監督側に責任がある。そういった意味では、 当の被害者だけでなく他の部員たちも騒ぎに巻き込まれた被害者であるということもできよう。

 しかし、本当にそうだろうか。私はあえて疑問を呈したい。先に、監督は現場での出来事を知っていたならば、 彼にも責任があるということを示した。ならば、 暴力事件が起きていたまさにその現場にいた他の部員たちはそのとき何をやっていたのだろうか。 チームメイトが目の前で理不尽な暴力を振るわれていたのである。そのとき何をやっていたのか。ましてや、 被害者は顎の噛み合わせがおかしくなってしまうほどの怪我を負っていたのである。知らなかった、気付かなかったなどという言い訳は通用しない。 仮に本当にわからなかったとしても、チームメイトの苦境に気付いてやれなかった責任は重い。

 もし、他の部員たちが部長による仲間への暴力に対して見て見ぬふりをしたり、知らぬふりをしていたのならば、やはりその部員たちを 「責任なし」とすることはできない。

 ここに断言しよう。彼らは仲間を見捨てたのである

 人間は弱い生き物だから、おそらく自分の身がかわいかったのだろう。しかし、そんなことは言い訳にはならない。 確かに学校の先生でもある大人の部長に対して、高校生が個人で立ち向かうのは勇気がいる。しかし、 そういった時にこそチームとしての力を活かすべきではないのか。一人でやるのが難しいのならば、仲間と一緒にやればいい。さすがの暴力教師も、 部員数十人に囲まれたら腕力に訴えることもできない。チームメイトへの暴力を止めることができたはずだ。

 部活動は、仲間と一緒に苦労と喜びを分かち合うことにその本義があるのではないだろうか。ましてや、野球はチームスポーツである。 それにもかかわらず、仲間を助けようとしなかったことが本当に残念でならない。

 一部では、優勝旗を返還すべきだという意見もあるようだが、部員たちへ外部から処分を課すことは反対である。ただし、 もちろん前述のように加害者である部長と現場責任者である監督、そして事実を隠蔽した学校側へは十分な追求が必要であることはいうまでもない。

 私は今回のことに関して部員たち自身に、「何が起こってしまったのか」ということと「何をすべきだったか」、また 「これからどうすべきなのか」を考えてほしいと思う。 その結果として自分たちの責任もあるから優勝旗の返還をすべきだと考えるならそうすべきだろうし、 反対に自分たちにはやっぱり責任はないとするのなら、それもまたひとつの結論であろう。

 まずは個人で考えてほしいのである。他からの処分を甘んじて受けるというのではなく、それぞれが考え、そのうえで皆で話し合い、 “駒大苫小牧野球部”としての結論を自分たちで出してほしい。その結論がどんなものであっても、「自分で考え、自分で結論づけた」 ことは必ずこれからの人生で役に立つはずである。

 逆に、この件をうやむやのまま終えてしまったら、野球人生どころか人生そのものが悲惨なものとなるだろう。それは、はっきりと言える。

 今回の件はたまたま甲子園優勝校が引き起こしたために大きな話題となったが、この種の問題はスポーツ界、 ましてや高校野球にかぎったことではけっしてない。事実、組織の階層性の弊害、上からの圧力、上の傲慢、罪の隠蔽、無責任、 保身から同僚を見捨てることなどは、官公庁をはじめとした公的機関や大企業で今まさに問題となっていることである。

 駒大苫小牧だけが悪いのではなく、むしろ現在の日本における各種問題点のひとつが表出したにすぎない。今後、 各個人がおかしいものはおかしいと言える勇気を身につけ、自己責任の意識を高めること、より根本的なこととしては「自分で考え自分で行動する」 ようにすることができなければ、日本の未来はないといっていいだろう。

投稿者 KATANA : 2005年08月26日 15:33

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コメント

投稿者 参考に : 2005年08月26日 21:32

 情報ありがとうございます。

 今回の件とは直接関係ないのですが、改めてネットを含めたメディアの怖さを痛感しています。いろいろな情報が錯綜していて、問題うんぬん以前に「どれが真実なのか」が見えにくくなっていますね。

 そもそも駒大苫小牧のことについても、本来なら比較的わかりやすいことだった思います。そのはずが、自分もふくめて第三者がマスコミなどの“煽り”に踊らされてしまっているのかもしれません。

 ただ、暴力を振るった部長はもちろん学校側の責任ははっきりしていると思うので、これらはきちんと然るべきところが処分を下してほしいですね。

投稿者 KATANA : 2005年08月27日 13:01

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