2005年07月15日
今やオープンソースは、企業にとっても重要なものになりつつある。そのソフトウェアを利用するだけでなく、 もはや企業がコミュニティに参加することさえ珍しくはなくなった。
しかしそのことで、いろいろな弊害の可能性が出てきた。たとえば、意図的なソースコードの非開示。 改良した部分が自社にとって有利ならば、その企業があえて公開しなかったり、他のコードでごまかそうとしてもなんら不思議はない。
また、以前から指摘されているとおり、ソフトウェア特許の問題もある。 そもそもソフトウェアに特許が認められるか否かは米国以外ではまだ不透明だが、仮に認められた場合、 企業が自社で保有する特許に触れるコードをオープンソースにこっそり仕込んでおき、 そのソフトウェアが普及してから特許使用料を請求する ということも、やろうと思えばできてしまうのだ。 SCOがLinuxに対して行ったように、著作権の面でも同様のリスクがあるといっていい。
そして、現実にOpenOffice.org(OOo)で騒がれていることが、ソースコードはクリーンであるものの、 そのソフトウェアを利用する際に特定の“プロプライエタリな” アプリケーションが必要になるようにしてしまうことだ。つまり、実質的にオープンソースとしての意味がなくなる。OOoでは、 SunのJavaランタイムに依存する部分が多いことが問題になっているのだ。リチャード・ストールマンは、これを「Javaトラップ」 と呼んでいる。
いずれもオープンソースの生命線にかかわることだが、最初の二つの例はあきらかに悪意のある行為だけに、 かえって断固とした対応がとりやすい。しかし、Javaトラップのような事例では、そういった面での判断が難しい場合がある。
どうして、こうなってしまうのだろうか。オープンソースと企業との関係は、思った以上に厄介なことがありそうだ。
最近よく聞くのは、企業がオープンソース・コミュニティに入ってきたことで、個人のボランティアがやりづくらなり、 コミュニティから離れていってしまうことがあるという話だ。これは、ある面では仕方がない。オープンソース・コミュニティも組織である以上、 新参者が入ってくると変化せざるをえず、それに合わない側が出てくるのは必然であることがその理由だ。
ただし、今後はこの流れが強まる予感がある。なぜなら、企業と個人ボランティアでは求めるものが正反対だからだ。企業は当たり前だが、 金銭的な利益の追求が大前提にある。そして個人ボランティアの側は、むしろコミュニティへの貢献を目的としていることが多い。
もちろん、利益を最優先せずにコミュニティを尊重する企業もあるだろうし、逆に自己顕示欲など利己心で動いている個人もいるだろう。 しかし、根本的な部分で生じているズレはいかんともしがたい。企業が参加することを楽観視する論調もあるようだが、 今後ますますこれらの問題が表面化してくることは間違いないだろう。
それでも、今となっては企業もオープンソース・コミュニティの重要な構成員である。これからのコミュニティのリーダーに求められるのは、 企業と個人ボランティアの連携を保ってバランスをとるいう困難な仕事を完遂しうる能力だろう。
投稿者 KATANA : 2005年07月15日 17:29
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