« 2005年06月 | メイン | 2007年08月 »

2005年07月22日

Def Def Def Def Def Tech
B0006ZJCA8Def Tech
DEF TECH


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 久しぶりに、純粋に聴いて感動する曲に出会った。CMでおなじみの「My Way」。歌声・メロディー・歌詞のすべてが見事に融合し、なんともいえない“爽快感”がある。

 すばらしいのはこの曲だけではない。他もハワイアンとレゲエとヒップホップの融合を、違和感なく見事に果たしているのだ。

「My Way」という今や有名となった曲、そしてアルバム『Def Tech』全体からアーティストのものすごいポテンシャルを感じた。これからの活躍を期待するとともに、個人的に応援していきたい。

 ちなみに『Lokahi Lani』は、これという曲はないが全体的なクオリティは高い。こちらもオススメだ。


B0009J5AJ8Lokahi Lani
Def Tech


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

投稿者 KATANA : 14:50 | コメント (2) | トラックバック

2005年07月21日

決断を下したオーストラリア、あまい日本

 サッカー・オーストラリア代表の新監督に、あのフース・ヒディングが決まりかけている。同代表はコンフェデ杯で3連敗したこともあり、 ファリナ前監督を解任し現在は正式な監督の座が空席のままだった。

 しかしオーストラリア代表は、コンフェデ杯で勝ち点をひとつも取れなかったとはいえ、その内容は目を見張るものがあった。 完全アウェイの中でホスト国ドイツに最後までくらいつき、その後アルゼンチン、チュニジアにも敗れたものの、見る者を失望させるどころか  「オーストラリア強し」という印象を確実に与えていた。

 それでも、豪サッカー協会の決断は早かった。W杯オセアニア予選で4勝1分の首位という好成績を残しているにもかかわらず、 監督を更迭することを決めたのだ。しかもその新監督がヒディングだというのだから、同協会の見事なアクションには驚かされる。

 その一方で、同じようにコンフェデ杯でグループリーグ敗退と相成った日本代表は、国内外でその健闘を称賛されている。 確かに1勝1分1敗、勝ち点4という成績、そして内容もすばらしいものがあった。

 ただし、日本の目標はグループリーグ突破だったはずである。しかも決定力不足やプレスの強い相手に弱いなど、 以前からある問題点が解決されていないことがまたしても明らかになった。

 もちろん、すでにW杯出場を決めてチームも形になってきた今、監督を交代させることはナンセンスだろう。 だが日本サッカー協会やマスコミをはじめ、その周囲にいる人々がジーコJapanに対して妙に“あまい”のが気になってしかたがない。

 もう一度明言しよう。ジーコはコンフェデ杯で目標を達成することはできなかったのである。 批判すべきところは批判すべきではないだろうか。

 さて、その日本代表はもうすぐ東アジア選手権を戦う。言うまでもないことだが、目標はもちろん優勝だ。 海外組が召集できないのは他の国も同じ。コンフェデで出せなかった結果を今度は出してもらいたい。

投稿者 KATANA : 22:04 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月18日

iTunes Music Storeはダンピング?
IT

 iTunes Music Storeの日本版提供に向けて、アップルは着々と準備を進めているようだ。

 このiTMS、米国ではなんと1曲0.99ドル(110円)という低価格で販売されている。海外でもっとも高い英国版でさえ、0. 79ポンド(155円)だ。

 アメリカでは今や、CDのアルバムでさえ10~15ドル(1,100~1,650円) で手に入るのだから驚くに値しないのかもしれないが、日本の、たとえばソニーのbitmusicが1曲210円で提供していることを考えると、倍近い差がある。しかも、 総じて日本の音楽配信は著作権管理がきびしく、はっきりいって使い勝手が悪い。

 もちろん為替レートと実際の物価には差があるが、それにしてもこの差はなんだろう?  日本が高すぎるのかiTMSが安すぎるのかは判断の難しいところだが、問題なのは後者の場合だ。

 消費者からすれば、安いに越したことはないだろう。しかし、それはあくまで短期的なことにしかすぎない。

 もし一部で報道されているようにアップルがiTMSは赤字覚悟で、 利益はあくまでiPodの販売から出すというシステムでやっている場合、他の音楽配信ビジネスが価格面で太刀打ちできないのは当たり前だ。 ソニーのように自社グループで音楽プレーヤーを提供することができるのなら、アップルと同じ戦略をとることも可能ではあるが、 純粋な音楽配信サイトはもうどうにもならないだろう。

 このままでは、欧米が実際にそうなりつつあるようにiTMSの独壇場になる。こうなると、独占の弊害が出てくることは想像にかたくない。 価格をつり上げることも、サービスの改善を抑えてコストを減らすことも思いのままだ。

 しかも、音楽プレーヤーのビジネスと繋がっているのだからたちが悪い。事実、iTMSを有効に利用したかったらiPodを買うしかない。 アップルは、音楽配信と音楽プレーヤーの両分野で独占体制を築くことが可能な立場にいる。

 おそらく、自社で音楽配信を行っていることも多い日本のレーベルがiTMSと楽曲ライセンスを結ぶのを渋っているのも、 上のようなことを危惧しているためだろう。特に、音楽プレーヤー事業も手がけているソニーはその傾向が強いはずだ。

 今回の話題はあくまで推論である。しかし、かぎりなく現実に近いものでもあるはずだ。今後、われわれ消費者や国内企業、 そして公正取引委員会はアップルの動向を注視すべきだろう。あとで後悔しないために。

投稿者 KATANA : 17:23 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月17日

サッカー界の重い荷物

トリノ・カルチョ公式サイト  イタリアのサッカー界がまたしても揺れている。財政上の問題で、 昇格したはずのトリノと柳沢の所属するメッシーナがセリエAへの登録を拒否されたのだ。さらに、 下のセリエBではペルージャとサレルニターナも同様の危機に陥っている。

 近年ヨーロッパでは、多数のクラブの財政状況があまりにも酷く、倒産してしまうケースまで出ていることから、 プロリーグに参加するための財政基準を厳しくする傾向が強まっている。特にイタリアがそうだ。

 これは、プロリーグを健全に運営していくためには致し方のない面もある。しかし、 そもそもクラブの収支が悪化する原因を解決しないことには、どうにもならない。財政状況が悪いクラブを排除するだけでは、 やがてはリーグに所属するチーム数自体が減少する可能性もあるからだ。

 原因の一つとして、やはり選手への報酬の高騰化が大きい。多くのクラブが借金で苦しむ一方で、 年間10億円前後を稼ぐ選手がヨーロッパにはごろごろしている。ボスマン判決によって契約切れ選手の移籍が自由化し、 給料の高騰に対してなんら有効な策をとっていないのだから、そうなって当然というものだ。

 そろそろサッカー界も、アメリカのプロスポーツを見習ってサラリーキャップ制度を導入すべきではないだろうか。また制度的に、 選手の移籍自由化を部分的に制限することも必要だろう。

 もちろんそういったことをした場合、一方的に損をするのは選手の側だ。しかし現在の厳しいクラブの状況、そして将来的なことを考えたら、 選手にとっても必ずプラスになるはずである。なぜなら、所属するクラブが消滅してしまっては、給料も何もあったものではないのだから。

 それと同時に、クラブ間の格差のことも考えなければならない。年間数百億円を稼ぐビッグクラブがある一方で、 数億円の資金のめども立たずに消えていくクラブもある。プレミアやブンデスでは、 テレビの放映権料などをリーグの側から各クラブへ配当する形をとっているが、今後は格差をなくす方向でさらに強めていく必要があるだろう。 場合によっては、選手獲得に関してウェーバー制のドラフトを導入したほうがいいかもしれない。

 クラブがなければプロ選手の生きる場所がなくなるように、リーグがなければクラブの生きる場所もなくなる。 ビッグクラブは近視眼的に自身の利益を優先するだけでなく、もっとリーグ全体の未来のことを真剣に思案すべきだ。

 今回はイタリアが話題となったが、これは同国だけの問題ではない。ヨーロッパ、 引いては世界中のサッカー界が考えなければならいことだろう。

投稿者 KATANA : 20:45 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月16日

日本の労働環境を見る

『労働基準監督官 和倉真幸』フジテレビ  たまたま、フジテレビで放送された『労働基準監督官 和倉真幸』というドラマを見た。 最近のTVドラマはどれも似たり寄ったりなのだが、現代の労働環境をテーマにするというなかなかに面白い設定だ。

 それにしても、と考えさせられたのが、普通ドラマは“フィクション”なのだから現実の事象よりも誇張されるのが当たり前なのに、 少なくとも現在の日本における労働環境に比べたら、ドラマで描かれていたほうがましだった。社会に出て働いている人ならば、 それが嫌というほどわかるだろう。

 企業の多くは、人材を使い捨てと考えている節がある。特にシステム・エンジニアやコンピュータ・ゲームの業界などでは、 無茶苦茶なスケジュールで働かせ、30歳頃になって疲労がピークになった頃に切り捨て、 また若手を導入してそのサイクルを維持するといった傾向が強い。ときおり、「うちの開発現場では平均年齢が低い。 それだけ若手にチャンスを与えている」などと誇っている会社も存在するが、そんなものは胸を張って言うようなことではない。裏を返せば、 長く続けられるような仕事ではないということなのだから。

 他にも、近ごろ民営化の話題で注目されている郵政においても、実際に郵便局の現場で働いている人たちは、常軌を逸したノルマを課され、 そのうえ上司からきつく当たられるために、鬱病になってしまうことも少なくない。郵政とあまりかかわりのない人々の中には、 「郵便局員も公務員だから、お役所仕事でのらりくらりとやっているんじゃないのか」と思っている場合が多いかもしれないが、 現実は退職者が続出するほどその労働環境は劣悪だ。

 そしてドラマでも触れられていたように、パートやアルバイトの問題も大きい。これこそ、コスト優先の “切り捨てシステム”の最たるものといっていいだろう。ドラマ内で、 スーパーの社長がパートの女性たちに対して「お前たちの代わりなんていくらでもいるんだよ!」と叫んでいたが、 経営陣のこういった心理こそが現在のさまざまな労働問題を招いてしまっているといっても過言ではない。

 また日本の場合、労働運動が事実上死滅してしまったことも大きな原因だ。先の尼崎におけるJR西日本の列車事故でも、 労組は企業の側に問題があることを以前から知っていながら、結局なんら有効な策をとることができなかった。 アメリカでは先日大手スーパーの労働者によるストライキが起きたように、欧米では当たり前のように労組が労働者を守っている。しかし、 日本にはそれがない。これがもたらすものは、すなわち従業員の泣き寝入りだ。そして、企業の側は“物言わぬ機械”と化した人々を、 またいいように利用する。

 企業の側からすれば、倒産してより多くの社員が路頭に迷うよりは、一部を切り捨てるほうがましという意見もあるだろう (おそらく大半がそうだ)。多数を助けるために少数を犠牲にすることが許されるのかという問題は、 人類にとっての永遠のテーマであるからここでは置いておくが、多数の人々が職を失っていることは事実なのだ。人員の整理は、 一部の企業が行っているだけではない。日本では今、大半の企業が同様のことをやっているのだから、 仕事にあぶれた人々があふれるのも当然のことだ。

 人材の切り捨ては、当該企業にとってはプラスになるかもしれない。しかし日本全体で考えたときに、 その余った人材はどこへ行けばいいというのか。現在は、フリーター450万人の時代といわれる。これにニートや、 人材派遣会社に所属しながら仕事にありつけない人々の数を加えたら、軽く500万は超えるだろう。これらは隠れた失業者数だ。 つまり現実の失業率は、一般にいわれているよりも遥かに大きい。しかもその大半が、20代から30代前半の若年層なのだから目も当てられない。

 こういった現状と先行きの厳しさに、はたして政治家や官僚、そして企業の経営陣は気づいているのだろうか。人員整理は、 確かにもっとも手っ取り早い再建策ではある。事実、日産はそれによって立ち直った。しかし、それはあくまで“短期的”な効果でしかない。

 たとえば、リストラは確実に社会的イメージを損ない、場合によっては信用をも失うことになる。問題は、 取引きが厳しくなるなどの経営的な事柄ではない。それよりももっと重い、「いい人材が来なくなる」ということだ。 経営が苦しくなったら社員を切り捨てるような企業に、いったい誰が喜んで行くというのか。いいものを持っている人ほど、 こういった企業を見限るだろう。

 いま組織のトップに立っている人々の大半は、まるで先が見えていない。切り捨て以前に、 人材の育成がほとんど出来ていないということもその一例である。頭が痛いのは、大企業でもその傾向が強いことだ。会社を支えるのは、 余剰資金でもなければ固定設備でもない。ましてや経営陣であるはずがない。実際に基盤となり支柱となるのは、現場で働く社員たちなのだ。

 人材育成の不徹底、そして人員の切り捨ては、長期的に見て企業をかならず窮地に追い込む。さらにそこからあぶれた人々の困窮、憎悪、 絶望は、将来日本という国を根底から揺さぶるだろう(すでに“地震”は起き始めている)。これらはもはや、経済だけの問題ではない。 明確な社会問題なのである。

 できるだけ早く手を打たなければならない。ただ、そもそもこの問題を真剣に考えている人々が、特に組織のトップに一体どれだけいるのか。 それが不安でならないのだが。

投稿者 KATANA : 20:49 | コメント (2) | トラックバック

2005年07月15日

企業とオープンソース・コミュニティ
IT

 今やオープンソースは、企業にとっても重要なものになりつつある。そのソフトウェアを利用するだけでなく、 もはや企業がコミュニティに参加することさえ珍しくはなくなった。

 しかしそのことで、いろいろな弊害の可能性が出てきた。たとえば、意図的なソースコードの非開示。 改良した部分が自社にとって有利ならば、その企業があえて公開しなかったり、他のコードでごまかそうとしてもなんら不思議はない。

 また、以前から指摘されているとおり、ソフトウェア特許の問題もある。 そもそもソフトウェアに特許が認められるか否かは米国以外ではまだ不透明だが、仮に認められた場合、 企業が自社で保有する特許に触れるコードをオープンソースにこっそり仕込んでおき、 そのソフトウェアが普及してから特許使用料を請求する  ということも、やろうと思えばできてしまうのだ。 SCOがLinuxに対して行ったように、著作権の面でも同様のリスクがあるといっていい。

 そして、現実にOpenOffice.org(OOo)で騒がれていることが、ソースコードはクリーンであるものの、 そのソフトウェアを利用する際に特定の“プロプライエタリな” アプリケーションが必要になるようにしてしまうことだ。つまり、実質的にオープンソースとしての意味がなくなる。OOoでは、 SunのJavaランタイムに依存する部分が多いことが問題になっているのだ。リチャード・ストールマンは、これを「Javaトラップ」 と呼んでいる。

 いずれもオープンソースの生命線にかかわることだが、最初の二つの例はあきらかに悪意のある行為だけに、 かえって断固とした対応がとりやすい。しかし、Javaトラップのような事例では、そういった面での判断が難しい場合がある。

 どうして、こうなってしまうのだろうか。オープンソースと企業との関係は、思った以上に厄介なことがありそうだ。

 最近よく聞くのは、企業がオープンソース・コミュニティに入ってきたことで、個人のボランティアがやりづくらなり、 コミュニティから離れていってしまうことがあるという話だ。これは、ある面では仕方がない。オープンソース・コミュニティも組織である以上、 新参者が入ってくると変化せざるをえず、それに合わない側が出てくるのは必然であることがその理由だ。

 ただし、今後はこの流れが強まる予感がある。なぜなら、企業と個人ボランティアでは求めるものが正反対だからだ。企業は当たり前だが、 金銭的な利益の追求が大前提にある。そして個人ボランティアの側は、むしろコミュニティへの貢献を目的としていることが多い。

 もちろん、利益を最優先せずにコミュニティを尊重する企業もあるだろうし、逆に自己顕示欲など利己心で動いている個人もいるだろう。 しかし、根本的な部分で生じているズレはいかんともしがたい。企業が参加することを楽観視する論調もあるようだが、 今後ますますこれらの問題が表面化してくることは間違いないだろう。

 それでも、今となっては企業もオープンソース・コミュニティの重要な構成員である。これからのコミュニティのリーダーに求められるのは、 企業と個人ボランティアの連携を保ってバランスをとるいう困難な仕事を完遂しうる能力だろう。

投稿者 KATANA : 17:29 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月13日

音楽業界がファイル共有ソフトを活用か
P2P

 企業が提供するファイル共有ソフトが米国の最高裁で違法と判断されたことを受けて、 皮肉にもそれら企業とレコード会社との提携の流れが強まっている。あの老舗iMeshが、Sony BMGとライセンス契約を交わしたのだ。

 Sony BMGはこのiMeshの他にも、あのGrocksterと提携することを明言していたりと、 最近ファイル共有ソフトの分野で活発に動いている。

 そもそも親会社のソニーは、以前からファイル共有ソフトを敵視するというよりも、その可能性を探っていた企業のひとつだ。 あまり知られていないことだが、日本のファイルローグを訴えた原告団にはソニーミュージックエンタテインメント(SME)は加わっていない上に、 ソニーの前CEOである出井氏は1997年の時点で、 ネットを利用したセキュアな音楽配信システムを構築するようソニーミュージックに要求していた。さらに2002年には、 P2Pを活用するために独Bertelsmanとアライアンスを結んでいる(BMGの元の親会社はBertelsman。 米国SMEとBMGが合併した伏線がここにある)。

 が、その割には、これまであまりにもアクションが少なく弱かったように思う。結局のところ国内のSMEは、 自社製の音楽配信サイトを細々とつづけているだけで、P2PのPの字も見えない。音楽業界の盟主であるソニーが出遅れたせいで、 全体が波に乗り切れなくなってしまった感が否めない。

 その影響はもちろん、ファイル共有ソフトにもあった。旧Napsterの段階ですでに、 それをビジネスとして活用する方法はいくらでもあったはずだ。もう少し音楽業界側がポジティブな判断を下していれば、 ファイル共有ソフトも日陰者にならずにすんだのだが。

 とはいえ、ファイル共有ソフトの合法利用が音楽業界側で強まっているのはいい傾向だ。願わくば、この流れを断ち切らないでもらいたい。

投稿者 KATANA : 18:15 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月12日

Jリーグと日本代表の微妙な関係

 いま日本のサッカー界が、同時期に行われるJリーグオールスターと日本代表の海外遠征のどちらを優先するかで揉めている。

 この問題は難しい。Jリーグの側からすれば、これまで散々代表側に譲歩してきたのだから、 オールスターくらいはベストの状態で開催させてほしいと思うのは当然だろう。そもそも、 人気のある選手が日本代表にごっそりと引き抜かれてしまっては、実質“オールスター”の意味がなくなってしまう。

 かといって代表にとっても、今はW杯を1年後に控えた大事な時期。しかも海外遠征となると、 対戦国の都合もあってそうそう行えるものではない。日本代表の関係者がJリーグオールスターは公式戦ではない、あくまで“お祭り”なのだから、 代表のほうを重視してほしいと考えるのもまた筋が通っている。

 ただ日本が特殊なのは、他の国では考えられないほど代表のスケジュールに国内リーグが圧迫されていることだ。 たとえば今シーズンのJリーグでは、34節が終了した時点でトップにいる複数のチームのあらゆる成績が同一だった場合、“同時優勝” となるなどという前代未聞の規定となっている。これは、あまりにもスケジュールが厳しいために優勝決定戦を行う余裕さえなくなってしまったのだ。

 オリンピック代表が活動していた頃から感じていたことだが、代表チームがこれほど恵まれている国も珍しい。「日本サッカー発展のため」 というのは一理ある。日本では代表チームの人気が圧倒的で、国技の野球でさえ及ばないほどの注目度を誇っているのだから、 代表の強化が日本サッカー界の底上げにつながることは間違いないだろう。

 とはいえ代表優遇策が、結果的に国内リーグの衰退をもたらしてしまったとしたら、どうなるのか。 サッカー界はプロリーグという最も重要な基盤を失うことになり、あの日本リーグ時代に逆戻りすることになってしまう。それを思うと、 いまの圧倒的な代表優先の傾向に危機感さえおぼえる。

 しかし今回の件で判断が難しいのは、オールスターがあくまでお祭りだからだ。もしJリーグ側が、 公式戦を行うために代表には譲歩してほしいというなら、筆者は全面的に前者を支持するのだが、 実質的な面でより重要なのはやはり代表の海外遠征のほうだろう。

 今のところ、オールスターの「投票結果」を優先し、推薦メンバーのほうを調整するという方向で話がまとまっているようだ。 妥協の産物という気がしないでもないが、これがもっとも穏当な線ではないか。ジーコJapanはメンバーを固定しすぎている感があるので、 むしろ新選手の発掘のためにプラスとなるかもしれない。これまで選ばれたことのあるメンバーばかりという可能性もあるが……。

投稿者 KATANA : 18:21 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月11日

次世代DVDは普及するのか
IT

 ここ最近、仕様に関するソニーと東芝の交渉が決裂だとか、著作権保護の仕組みがどうなるのかといった次世代DVDにかかわる話題が多い。 ソニーのBlu-ray Discに至ってはすでに発売されており、実用の段階にも入っている。

 しかし、その根本的なところでひとつの疑問がある。はたして、次世代DVDは普及することができるのだろうか?

 次世代DVDが期待される根拠は、もちろん大容量化だ。映画ならばDVD以上にクオリティの高い映像と音声をつめ込むことができ、 記録型メディアとしてはより多くの情報を入れることができるようになる。

 もちろん、これら機能的な面からいえば新技術はすばらしい。ただし、 技術的に優れているからといって必ずしも普及するとはかぎらないのが世の常だ。

 たとえば音楽メディアのスーパーオーディオCDやDVD-Audioは、CDよりも遥かに音質面で高いレベルにあるにもかかわらず、 結局のところ大半の人々には受け入れられなかった。

 なぜだろうか。ひとつには、CDが普及しすぎたという面がある。CDは音に関しては問題があるが、 使い勝手がいいため爆発的に世に広まり、定着した。技術的な商品にかぎらず、 こういったデファクトスタンダードとなったものをもう一度塗り替えるのは、並大抵のことではない。

 もうひとつ、人々の現状への満足感という面も大きい。例に挙げたCDでは、音質にこだわる一部の人を除いて、 大半の消費者がCDですでに満足している。明らかな欠陥があるのならともかく、 それなりに納得のいくベルならばあえて新しいものに手を出そうとしないのは、人間の心理として当然のことだ。

 上のことと関連して、別の理由もある。それは、初期投資にかかる費用だ。どんなに素晴らしい技術であっても、 それを利用するために多くのコストがかかってしまうのでは、当たり前だがほとんどの人は手を出そうとしないだろう。 SACDやDVD-Audioが普及しなかったのは、結局のところそれを再生するためのハードルが高すぎたのだ。

 これらのことを踏まえて改めて次世代DVDを見ると、いくつか疑問点が出てくる。まず第一に、 ROMでも記録型でもこれほどDVDが普及した現状で、それを塗り替えることができるのか。今やDVDは、 映画でもビデオの記録でも欠かせないものとなった。この状況で、ハードの刷新を含めて人々を移行させるのはけっして容易なことではない。

 第二には、既存のDVDへの満足感を打ち破ることができるのかという問題もある。一部のAV関連に熱心なファンはともかくとして、 質的な面でもDVDで十分だと考えている人は多いのではないだろうか。筆者自身、もちろんクオリティが高くなるにこしたことはないが、 DVDで不満か満足かと問われれば迷わず後者を選ぶ。消費者にとって致命的な欠陥があるのでないかぎり、DVDは“必要十分”なメディアなのだ。

 最後に、このことが最も懸念されることでもあるが、次世代DVDを利用するための初期費用はどれくらいなのか。DVDの場合、 PlayStation 2というゲーム機が果たした役割が大きい。 Blu-rayは次世代PlayStation用のメディアとして使われるが、 まだまだDVDを凌駕して普及させるということに関しては、不透明な部分が大きい。

 しかも記録型の場合、ここ2、3年でようやくDVDレコーダーの人気が出てきたばかりだ。この状況で「次世代DVDへ移行してください」 と企業側が言ったところで、少なくともビデオレコーダーの分野では消費者はしばらく動かないだろう。

 このように考えていくと、次世代DVDが音楽分野におけるSACDやDVD-Audioと同じ運命をたどってしまう可能性もある。 著作権保護機能が強化されるといっても、それはあくまで著作権者の利益であって消費者の利益ではないのだ。 さらに規格統一がうまくいかなかったということも、悪い流れを強めてしまったことは間違いない。

 しかしその一方で、一定以上の普及が予想されるゲーム機での採用など追い風が吹き始めたのも事実。どちらに転ぶかはわからないが、 今後の動向を見守りたい。

投稿者 KATANA : 14:02 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月06日

ぷぷるんと相沢紗世

明治製菓のサイトへ明治製菓「ぷぷるん」

 なにげなくテレビを見ていたら、「ぷぷるん」というお菓子のCMをやっていた。脱力感満点の音楽に、 わけのわからないバックダンサーの踊り……。

 それらはともかくとして、メインのおねーさんがすごい美人だなぁと思ったのでさっそくネットで調べてみると、相沢紗世さんというらしい。

 そういえば最近、車のCMや雑誌のモデルなどでよく見かける。あの雰囲気のすばらしい「Melty Kiss」のCMも、 相沢さんだったらしい。

「ぷぷるん」はあの美貌と、マラカス・バックダンサー・BGMのギャップに凄まじいものがあったが、 インパクトを与えるというのが制作者の意図ならば、うまくいっているといえる。

 ともかく、今後も相沢さんの活躍に注目!

投稿者 KATANA : 17:53 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月05日

ファイル共有ソフトの行方
P2P

 アメリカの最高裁で、ついにP2Pファイル共有ソフトに対する判決が出された。原告側の主張を認めるもので、 同ソフトの提供者側に著作権侵害を助長した責任があるとするものだ。

 現在、WinMXやWinnyなどのファイル共有ソフトでは著作権侵害が蔓延していることは疑いない。それは、 有名映画や楽曲ならばほぼ間違いなく手に入ることからもわかるだろう。

 しかし実は、絶対数はわからないのだ。P2Pのネットワークは基本的に中央をもたず、個々が有機的につながり合うため、 全体像がきわめて把握しにくい。つまり、分母が正確にはわからないのだから、当然ながら「全体の~%が違法ファイル」 などとは言えないことになる。

 ここに、ファイル共有ソフトを批判する著作権者側の主張における欠点がある。全体の9割が違法ファイルだとする意見もあるが、 実際にはその論拠は乏しいわけだ。

 同様に、被害がどれくらいであるのかもはっきりとはしない。そもそも著作物のような情報財は、通常の物的な財が“盗まれた”場合と違い、 オリジナルは手元に残っている。音楽ファイルがコピーされるのと、スピーカーが盗まれるのとでは、まったく性質が異なるのだ。

 結局のところ、著作物が違法に複製される際の被害は、“将来の売上に対する期待”を喪失しているにすぎない。 これについては別の機会にくわしく述べることにするが、簡単に言えば「海賊版被害額」などというものはかなり曖昧な概数にしかすぎず、 被害額が本当に算定できるはずもないのだ。

 さて、これらを踏まえた上で今回の判決について考えてみよう。 裁判所はソフトの提供者に著作権侵害を助長した責任があるとしているが、これは甚だ遺憾だ。 以前のNapsterのようなハイブリッド型P2Pならばともかく、 現在の中央が存在しないファイル共有ソフトのネットワークでは管理のしようがない。

 ならば、一体どうしろというのか? 結論は、どうしようもない。ファイル共有ソフトの“提供者” に責任ありとすることは、すなわちファイル共有ソフトの存在自体を否定するということだ。

 つまり、それこそがレコード協会をはじめとした大手の著作権者が望んでいることなのだろう。著作権侵害の主体は、 まぎれもなく各ユーザーである。匿名性が高いといわれていたP2Pネットワークも、今では個人を特定することができるようになっている。 著作権者側は、違法行為をするユーザーを個別に責任を問うことも可能なのである。しかし、著作権者側はあくまで「ファイル共有ソフトの提供者」 を敵視する。

 ここに違和感がある。レコード協会などは個別にユーザーを訴えることもしているが、効果のほどは判然とせず、費用ばかりがかさんでいく。 つまるところ、著作権者側は著作物の保護にかかるもろもろの費用を、別の存在へと転嫁しようとしているだけではないのか。

 実際、もしファイル共有ソフトが消えることになったら、 大手の著作権者側にとっては目の上のたんこぶが消えてくれることになる。しかし、 同ソフトは大きな可能性を秘めたものだ。今は一部にすぎないかもしれないが、有効な使い方も出はじめている。

 そうした中でファイル共有ソフトがなくなるのは、けっきょく大半の人々にとってマイナスとなりかねない。すなわち、 レコード協会をはじめとした大手の著作権者は、自身の著作権保護にかかる費用を一般の人々に分散させようとしているとも考えられる。

 はたして、社会的な見地から考えた場合、それは許されるのだろうか。著作権保護は、 それほどまでに絶対的になされなければならないことなのだろうか。被害の程度自体もあいまいだというのに。

 幸いなのは、今回の最高裁の判決ですべてが終わったわけではないということだ。審理は下級審へ差し戻され、もう一度やり直される。 提供者側に責任ありとされたことは痛手だが、まだ可能性は残されているのだ。

 技術だけではなく社会の未来のためにも、アメリカの裁判所にはより客観的な判断を下してほしい。現代はよくも悪くも、 アメリカ中心に回っている。ソニーとのベータマックス訴訟のように、たとえアメリカ国内の裁判であっても世界に与える影響は大きいのだから。

投稿者 KATANA : 16:25 | コメント (0) | トラックバック